第8話 賢治のタイプはどんな子ですか?
その翌年の祭りは多少自粛した部分はあったけど、決行された。
――『雷精が来たら逃げましょう』、そんな役に立つかどうかわからない諸注意が付け足されて。
ニュースで散々憂慮されていた雷精は、とうとう現れなかった。
あれから賢治に何度か鎮雷祭に誘われたけど、なんだかんだ理由をつけてすべて断っている。
「結構歩いたな」
歩幅を私に合わせてくれながら、賢治が呟く。
山の中は青い氷のように空気が流れていて、気持ちが良かった。
二車線あった山道のアスファルトは、両端が土や枯葉で埋もれて、実質一車線になっている。
土よりもアスファルトの方が歩きやすかったけど、私は賢治の心遣いを気遣って、あえて車の通らない車線の上を避けて歩いた。
「ベンチがある。廃工場に着く前に、あそこで休憩していかないか?」
「うん。了解」
歩行者が通ることも想定されているのだろう、合間合間に設けられたベンチに二人して腰掛ける。
賢治は二人の間にリュックを置いた。短い息を吐いて、盛り上がっていた思い出話を再開させる。
「にしてもあの時さ、まさか履いてたスニーカーを使って凌ぐとは思わなかった。靴を脱ぎだした時は、何しようとしてんだが、全く理解が追いつかなかったよ」
賢治が揶揄するように半笑いするから、いじけて拗ねたくなる。
「私も必死だったんだよ。笑わなくたっていいじゃん……」
「別にバカにしてるつもりはないよ。むしろ褒めてるまである」
「そう? やっぱり私って機転の利く人間なんだよね! にはは」
「ちょっと褒めるとこれだもんな」
賢治は鼻に付けた拳を水平に伸ばして、私をからかった。その表情は呆れている。
「褒められると嬉しくなっちゃう性分なもので」
「たまに羨ましく思うよ」
「たまにと言わず、いつでもいいんだよ?」
「俺までお前みたいになってもいいのか?」
「絶対に嫌だ」
賢治は落ち葉のような乾いた笑いを散らしながら、リュックの中身をがさごそと弄りだした。
「サンドウィッチあるから食おうぜ。喉渇いたら烏龍茶もあるから遠慮しないで言ってくれ」
水筒を取り出して、紙コップに液体を注いで渡してくれた。
「ありがと」
「ほい、サンドウィッチも貰ってくれ」
「私の好物の卵と鉄板のツナマヨの抱き合わせだ! 友達ってのは長くやっておくものだね~。ありがたや。お金払うよ、幾らだった?」
サンドウィッチのパッケージには、さっき寄ったコンビニのロゴが印刷されている。値段も印字されている。
相変わらず賢治は手際が良い。
ここで休憩するのも計画に織り込み済みなのだろう。
「要らないよ。俺の方こそ今日一日付き合ってもらって感謝してるんだ。これくらいは喜んで奢らせてもらうよ」
「じゃあ有り難く奢られようかな。ピンポンパーン! これをもって暫定奢られ金額が一万円を超えたよ」
「嘘だろお前、全部勘定してしたのか?」
どうして驚愕の眼でみてくるのだろう? お金の事だから当然だと思うけど。
「ありがたく受け取った好意だもん、もちろんだよ。日記にも記入してるよ? 今日はサンドウィッチを奢ってもらった。卵とツナが美味しかった。税込み二百八十円。いつか耳を揃えてお返しします。って感じで」
「そんなつもりで奢ってるんじゃないんだけど……お前には敵わないな」
「また褒められた? にはは。でも賢治ってほんと気前良いよね」
賢治は「まあな」と軽く相槌をいれて、嬉しかった思い出を抱き抱えるように口元を綻ばせた。
「奢って感謝されるのは悪い気しないし、それで雰囲気良くなるならいいかなって。忘れた頃に奢り返されたり、別の形で返ってきたりしてさ、結構割りに合うんだぜ。でも見返りが欲しい訳じゃないぞ? 奢られたことを忘れちまう人もいるし、俺も別に一々気にしない」
「ほ~、そういうものなんだね。奢る側の矜持ってやつ?」
素直に感心する。
「逆に友人だと思っていた相手にさ、打算的な下心ありきで奢られても嬉しくなくないか?」
「嬉しくないね」
なるほど。嬉しいどころかちょっと気味が悪く感じてしまう。
「そう言えば、初めて会った日もかき氷奢ってくれたもんね。お詫びに奢るって言われたときはドン引きしたけど、実際に渡されたときは嬉しかったな~」
「ドン引きされていたのか、俺……。今にして思うと、初対面の相手に奢られるのって気持ち悪いかもな」
失望させるつもりで言ったんじゃないんだけど、賢治は乾いた笑いを漏らした。
「気持ち悪いとまでは思ってないよ? 男の子に奢られるっていうのが初めての感覚で、戸惑っただけで。嬉しかったって言ってるんだから落ち込まないの」
「だな。そういうのがあって今があるわけだし、後悔はしない」
きっぱりと言い切った。
まるであの日の出来事に一切の過ちがなかったかのように。
賢治は強い。心も体も、私を置いてけぼりにして成長している。
「私はたまに想像しちゃうんだけど、今隣に妙ちゃんがいる未来もあったんじゃないかって」
あの後私と賢治は同じ病院に入院した。
怪我は大したことなくて数日で退院したけど、その間に妙ちゃんはご両親の意向という名目で引っ越してしまっていた。
「メールしても電話しても梨の礫(つぶて)なんだろ? お前は良くやった、だからあんまり気にすんなよ」
「うん、ありがとう賢治」
妙ちゃんのことは、ずっと考えているけど答えが出ずにいる。モヤモヤしてたけど、賢治に話したら心が楽になった。
その当時に友達経由で聞いた話によると、引っ越した先でも変わらず元気に過ごしているんだとか。それが本当なら私は嬉しい。
「今だからこそ聞いちゃうけど、賢治って妙ちゃんのことどう思ってたの?」
「は? そんな大雑把に聞かれてもなぁ。……お前の旧友を悪く言うつもりはないけど、得意なタイプじゃなかったよ」
「え。あんなに仲良さそうに話してたのに?」
賢治は焦ったように手を振って否定する
「待て待て待て。話してたのは主に園田からだろ? 俺はそこまで親しくもないのにガンガン押してくる子は得意じゃない」
思い返せばたしかに、そんな気もする。
「じゃー賢治のタイプの子って、どんな子よ。付き合い長いけど、こういう浮いた話あんまり聞いたことないから知りたいな」
「……慎ましい子、とか?」
賢治は私を品定めするような目で、探り探りといった感じで答えた。
なんで疑問形なのかはさておこう。
「私みたいな?」
長い後ろ髪を手の甲でふさっと払い、無駄にでかい胸を突き出し腰を捻る――渾身の座姿勢悩殺ポーズ! をビシッと決める。
「ちょ! そんな格好…………」
「な、なにか言ってよ!」
私だけアホみたく恥ずかしいじゃんか! せめて愛想の塊でいいから笑ってよ。それのどこが慎ましいんだよ、って突っ込んでよ……。
微妙な面持ちで顔を背けられるのは心が抉られる。
「お前ももう高二で立派な女性なんだからさ、無闇にそういうことするのは控えたほうがいいと思うぞ」
あ、賢治が若干赤くなった右耳を指でこすっている。これはマジもんの忠告だ。赤くなっているのは擦っているせいかな。
あの優しい賢治に批判されるだなんて……私の悩殺ポーズはそこまで壊滅的だったのか。女性としての人生はもうおしまいにしよう。短かったな~。というか、いつから始まっていたのかすら記憶にないぞ?
「いいよいいよ、どうせ私はキャピキャピした女の子ライフとは縁遠い生き物だもんね」
「お前ギャルに憧れでもあったのか?」
「ギャル? その発想はなかったな……よし」
「よくない! 頼むからそのままのお調子者でいてくれ。お前のギャルは見たくない」
その意見には私も激しく同意する。自分のギャル姿なんて見たくない。
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