第6話 雷精霊と狂気の妙子

「ねー二人ともー? さっきから私もいるってこと忘れてないよねー?」

 冷たい笑顔の仮面を被った妙ちゃんが言った。

 私には分かる、妙ちゃんは機嫌が悪くなっている。

 無視しているつもりはなかった。賢治は私に興味を抱いたようで、私も妙ちゃんに話を振らずに賢治との会話を純粋に楽しんでいたのは良くなかった。

 でもまだ大丈夫、これは一種の妙ちゃんなりの警告だ。

 警告ってことは、再び気に障るような言動をしない限り、回避するチャンスがある。

「忘れてないない。にはは……。あ、雨弱まったみたい! 雷鳴もしなくなってる。――なんだろう……なにか向こうの方が騒がしいね。私ちょっと見てこよっかな」

 背伸びをして遠くを眺める私の隣に、賢治が立った。

「たしかに騒がしいな。一人じゃ危ないかもしれないし、俺も一緒に行くよ」

「あー、にはは……。気持ちは嬉しいけど、私一人で大丈夫だから」

「というか俺も向こう気になるしさ、二人で行こうよ」

 はにかんで提案されて、私は困った。

 私の気を知らない賢治によって、妙ちゃんと賢治を二人にする作戦大失敗。どうしたものかな。

 裏手の道から悲鳴のような声が聞こえてくる。黄色い歓声ではなく、どす黒い雄叫びのような声だ。

 ばりばりと乾いた皮を剥がすような音と、火花のような鋭い光が、人ごみの奥からこっちに向かってきている。あれはなに?

「ごめんねースミちゃん、ちょーっともう遅いかなー」

 妙ちゃんはこの異様さに気が付いていないのか、まったく動じている様子がない。

 怒ると周りが見えなくなるタイプだとは思っていたけど……。

 半透明の黄色い球が人の隙間を縫うように、あるいは、こじ広げながら、触手のように電流をうねらせて迫ってくる。

 核を守るための強力な電気を保有する雷膜が、ボーリングの球ほどある。とてつもなく大きい。

 雷精は妙ちゃんの頭上にきてピタリと動きを止めた。

 妙ちゃんの茶色がかったショートヘアーが静電気で逆だっていく。まるで髪の毛までもが、私に怒りを向けているみたいだ。

「な、なんで雷精がこんなところに!?」

 口を開いたのは賢治だった。私も同じ疑問を頭に浮かべていた。

 雷精は気性がとても荒く、一番飼うのが難しいとされている。ちょっとしたことで大暴れして、人や物を容易に傷付ける。

 たしか、飼うためには専門の資格と設備が必要となるはずだ。脱走したのか? そんなアホな。

 となるとやはり、自然界で育った野生の雷精だろう。

 大きさから考えてもたぶんそうだ。人間がこのサイズの雷精を飼育できるとは考えられない。

「ねースミちゃん……どうしてまたそうやって私を無視するのかなー?」

 このままじゃ妙ちゃんの身が危ない!

 ごめん! 心の中で一言謝罪をして、意を決める。

 とにかく少しでも雷精との距離を離そうと、妙ちゃんの身体を力いっぱい突き出す。

 ――何かが右手首に絡みついて失敗した。

「待って!」

 焦燥とした賢治の声だ。

 賢治が私の手首を強く掴んでいる。

「なにす――」

 突然、私と妙ちゃんの間の地面が爆発した。

 いっつぅぅぅーー……。

 直撃は受けなかったけど、体が軽く吹き飛ばされていた。

 もし賢治に停止させられていなかったら……。背筋がぞっとする。

 状況を確認しよう。

 土が焦げたような匂い。

 漂う砂煙。

 遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえ、近くからバチバチと電流が火花を散らす音がする。

 妙に暗い。

 停電しているのか、出店以外の建物や街灯から明かりが消えていた。事前の停電対策で、出店だけは別に発電機を引いているみたいだ。

 スー!? 首周りにスーの気配を感じない!

「…………スー?」

 物陰にスーが地面を這って隠れる姿が辛うじて見えた。良かった、スーは無事だ。

 未だ笑顔で立つ妙ちゃんの頭上を陣取って、私を恨むような青白く発光する雷精が見える。

 誰かが私の下敷きになっているな、と思ったら賢治だった。

「いってて」

「ごめん、私のこと受け止めてくれてありがと。その……クッションのセンスあるね。にはは……」

「巻き込まれただけだけどな。クッションとして役に立てたのなら良かった。そっちは平気か?」

 私も賢治も、どちらも平気とは言い難い。

「うん。でも、こんなの戦争映画でしか見たことないよ」

 頭から砂埃を被り、名誉の負傷と呼ぶには浅すぎる擦り傷が膝と肘に出来ていた。

「それより妙ちゃんが…………酷い」

 ふと、雷精がたどってきた道が視界に入る。

 地獄絵図な光景に、ゴクリと無いツバを飲み込んで息が詰まった。

 運良く生き残った出店の電灯に照らされて、人は倒れ道路は禿げ上がりめちゃくちゃになっている出店が見える。

「どうしてこんな酷いことをするの?」

 無意識に雷精に問いかけていた。

 答えは返ってこない。言葉が通じているのかどうかも怪しい。

 私は立ち上がった。

 傷は浅いけど、思っていた以上に体がダメージを受けている。

 全身にまとわりつくような疲労感さえ忘却すれば……まだ体は動かせる。

 雷精とただジっとにらみ合った。

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