第2話 雑草みたいな私の長所

 終業のチャイムが鳴って、今週の授業からようやく解き放たれる。

 椅子に座ったまま大きく上に伸びをして、休日をどう過ごそうかと思案に暮れる。

 家でごろごろまったりして過ごすのも良いし、友達を誘ってパーっと遊びに出かけるのも魅力的だ。

「賢治は休日をどう過ごすの?」

 参考までにと、後席に座る友人に訊ねてみた。

「それより先ずは、礼の一言を聞きたいのだが」

 賢治は胡乱げな眼差しで私を見返しつつ、世界史の教科書とノートをバッグに仕舞っていく。

 中肉中背の好青年といった風貌で、尻がすこし垂れ下がった目が可愛くも格好良くもある。

 さっきの授業では正直かなり助けられた。

 内心では二礼二拍一礼して奉ってあげたいほどだけど、賢治相手にそこまで大袈裟な態度をとるのは違う気がする。

「ほんと助かったよ。その節はありがとうございました。それで、予定くらい聞かせてよ」

「調子の良いやつだな」

 あまりにさらっと礼を述べたのが不服だったのか、そうでないのか、賢治は一瞬呆れた顔を見せたけど、すぐにいつもの優しい顔付きになる。

 シャープな顎、少し受け口の愛くるしい唇、筋の通った鼻、長いまつげ。唯一、坊主頭でかなりの損をしている。

 中二の頃までイケメンヘアーだったのに、好きでもない女子にモテるのがしんどくなったからという理由で、中三の春に逆張りデビューを果たした変わり者だ。

 ときたま感じていた女生徒のトゲのある視線が減ったのは、賢治の友人として嬉しい恩恵ではあったけど。

「私の長所を褒めてくれてありがとう。褒めると伸びる私の性格を良く分かってらっしゃる。にはは」

「褒めてないし、伸びすぎた暁にはどっかでバッサリ切る必要があるな」

「私の長所がまるで雑草みたいな扱いだ……」

「そうならないよう程々にな」

「忠告は嬉しいけど、勝手に育っちゃうんだよねー」

 なんだか本当に雑草みたいだな、私の長所。

「いつかお前が、それで痛い目を見なきゃいいが」

 ……本気で懸念されている。

 そこまで気を使わなくてもいいのに、と思う反面で、友人として結構嬉しかったりする。にはは。

「そうだ、お前に話したいと思っていたから丁度いいや。お前さ、ここの近くの山の廃工場に多くの光精が住み着いているって噂、聞いたことあるか? なんでも人がまったく寄り付かなくなった捨て山らしいんだけど」

 賢治は食い入るように聞いてきた。

 私は考える間を繋ぐように、窓の外の景色を遠目に眺める。

 背の高い教会の先、青く澄んだ空と緑豊かな連なった山々が、陸と空の境界線をせめぎ合っている。とても良い天気だ。五月らしい陽気な匂いがここまで漂ってくる。

「山の廃工場、ねぇ。いやー、初耳かな。捨て山って、ここ山いっぱいあるし。そんなとこに本当に光精がいるの?」

「らしいぞ」

 光精は自然界に多くて、なおかつ絶対数が少ないとされている。

 割りと田舎のこの町では、山から野生の精霊が下りてくることが多いけど、それでも光精は年に五、六匹目撃する程度だ。

 狭いところにも広いところにも現れる。

 ピンボールほどの丸い光膜から、白昼色の淡くて温かみを感じさせる光を放つのが特徴だ。

「そういや光精には四葉のクローバー的なノリで、見つけると小さな幸せが訪れるというジンクスがあったよね?」

 私が声を弾ませて聞くと、賢治は数瞬だけ視線を彷徨わせた。

「だ、だからなんだよ」

「賢治……努力して掴み取らないと、本当の幸せは手に入らないんだよ?」

「所詮はジンクスなんだから、本気で信じる奴は少数派だ。良いよなお前は、いつも笑顔で楽しそうで」

「いんやー、それほどでも」

 どんな内容でも人に褒められると幸せ回路が回りだす。

 賢治はよく褒めてくれるから、最高の相棒だ。その内の半分が皮肉か嫌味だけど、私の脳内環境に区別する項目はない。

「自慢だけど、成績以外で悩みはないよ!」

「その条件付きの幸せは、絶対に真似したくない」

「そう連れないこと言わないで、賢治も私と一緒に幸せになろうよー」

 私が賢治の肩を軽くゆすると、照れくさそうに嫌がった。

 私より平均が二、三十点高いくらいで、優越感に浸れて嬉しいのか? このー、このー!

「俺を堕落の道に引きずり込もうとするな。……たまにさ、お前の言うことがどこまで本気なのか分からなくなる時があるよ」

 ちょっと揺さぶりすぎてしまったか。賢治の顔がほんのりと赤くなっている。

「ごめんごめん、にはは。――私も考えなしに話していることあるからねー。そう言えばさ、結婚式の時に集めてきた光精を一斉に放出する演出あるじゃん。あれもその場にいる皆が幸せになりますようにって意味があるんだって。私の結婚式は賢治にも居てもらうからね」

 賢治は目をぱちくりさせた。

 特段、変なことを言ったつもりはない。結婚式に賢治を呼ぶのは当然じゃないか。

「ちなみにその時の俺って、友人として、なのか?」

「ん? そうなるね」

「そうか。まあ、そうだよな……」

 賢治は見逃してしまいそうなほど微かに肩を落とした。

 私の伝え方が悪かったみたい。

「違う違う、ごめん今の無し。賢治は友人としてじゃないよ!」

「ってのは、つまり?」

 賢治の角度のついたおでこがスッと立ち上がる。

「賢治は親友だよ! にはは」

 そして元の角度に戻っていく。

「細かい呼び方にまで気を使ってくれてありがとよ」

「あれれ、おかしいな……訂正すれば機嫌直してもらえると思ったんだけど。――それでえーっと、山の廃工場がなんだっけ?」

 賢治は自身の右耳を指の腹でさすった。

 これは気持ちを切り替えた際の癖であり、私にとって『真面目に話を聞かないとお小言をもらうぞ』っという良いシグナルになっている。

「もしお前にさ、他に予定が無いんなら、一緒に来てくれないか?」

「うん? 廃工場に? いいよ。面白そう。なんてったって、中学からの友人の頼みじゃ断れないしね。にはは。でも、なんでまた見に行きたいの? 賢治ってそんな光精に興味あったっけ?」

「心機一転したくて、その……景気づけに、ちょっとな」

 滅多に見せない煮え切らない態度に、これは何か言いにくい理由が裏にあるなと直感的に把握した。

 そもそも賢治は、気安く私に頼みごとをする性格じゃない。どちらかと言うと、何か問題があっても男らしくどっしりと正面から構えるタイプだ。

 ここは一つ、悩みを抱えているというのであれば、友人として一肌脱いであげようじゃないですか!

「そういう事なら人手も多い方がいいよね。あの辺のグループにも話してみようよ」

「いや! 他の人は誘わなくていいんだ」

 部屋の後ろで精霊談に花を咲かせている男女トリオに声を掛けようとした私の視線を、賢治が食い気味に遮った。鬼気すら感じる。

 もしかしてトリオに、夏休みの子供みたいな提案をするのが恥ずかしいのか? 私を誘えたのだから、もう破れかぶれになってしまえば楽になるのに。

「そっかそっか、うんうん。理由を私に擦り付けてもいいんだよ?」

 精霊に仕打ちした罪を懺悔する光精教会の神父の気持ちが、あ、分かっちゃった。

「なんの話だ? その慈しむ顔やめてくれ、喋りづらいから。――代わりにほら、アースを連れて行くよ。お前も実物と会ってみたいって言ってたろ?」

 アースとは賢治が飼っているアーチ型の土精のことだ。

 いつかの話の流れで、何度か写真や動画を見せてもらったことがある。

 命とも呼ぶべき核を守るように、土くれを纏う。

 本体部から円柱状の二本の突起を生やし、足のように巧みに交互に動かして移動する。

 目も耳も口も鼻もない。

 でも喋れば伝わるし、反響する細かな振動から周囲の物の位置を正確に読取ることができる。

 手のひらに収まる可愛いやつだ。

「ほんと!? とうとうアースちゃんに会えるのかー、楽しみー。アースちゃんがいれば探検も安心だね」

「ちゃん付するのはお前くらいだよ。あと、アースが居なくてもお前のことは俺が守るし。……誘った側の責任ってのがあるからな」

 賢治は照れたように口を尖らせている。どことなくセリフも早口だ。いつもの凛とした男らしさが行方不明になっている。

 遊びに出かけた帰り道は毎回家の側まで送ってくれる、その時の頼もしさが今はない。

 賢治の抱えている悩みは、思った以上に深刻なのかもしれない。そんな状態でも私を心配する優しさは流石だと思う。

「にはは。ありがとう賢治。でも、そんな気を使ってくれなくても私なら付き合うよ」

「つ、付き合うってお前! ……一緒に廃工場に行ってくれる、って、意味だよな?」

「うん? それ以外の意味なんてなくない?」

「…………ないよな。悪い忘れてくれ」

 賢治は大きなため息を吐いた。

 今回の一件で、少しでも賢治の悩みが解消されるといいな。

 そうなるように、気を引き締めて頑張ろう。

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