第55話 ほんと、いい性格してる奴
「……自分で言ったもんね、僕。緩やかに気づくものだって」
──そう返すと、浦佐は目をまん丸にさせてはパチクリと瞬きをしてみせる。
「……最初は空き缶の袋投げられるっていう最悪なあれだったけど」
「そっ、それは悪いと思ってるっすよ。あっ、あれは不可抗力っすし……」
いや、まあよくあんなファーストコンタクトでここまでつるむようになったよ。
「……その話はもう済んだし、掘り返すつもりはないけど……。いや、僕も、なんか浦佐と過ごしていると、なんか楽しかったっていうか……」
「そ、そうっすかっ?」
いい反応を返したからか、浦佐も安心したのかホッと胸を撫で下ろす。
ただまあ、濁した返事をするのも僕の趣味ではないので、見慣れた天井を見上げながら、
「……ま、まあ。僕でよければ、これからも一緒にゲームするよ。就職したら、どうなるかわからないけど」
一言一句、嚙みしめるようにゆっくりと、そう呟いた。
「ほっ、ほんとっすか⁉ ついでに実況にも声出ししてみたりとかしないっすか?」
……おいおいおい、その流れで言うことがそれかよ。ほんと羨ましいくらいいい性格しているなこいつ。
「……ちょっと、声出しは遠慮しておきたいかなーとか思っているんですが」
「じゃあじゃあっ、前々からやりたいって思っていたアドベンチャーゲームがあるんすけど、初音ちゃんは付き合ってくれないっすし、ひとりでやるのはつまらないっすから、センパイ付き合ってくれないっすか? 今度っ」
「……べ、別にそれくらいなら、いいけど……」
「わーいっす。じゃあ、今度遊びに来るときにソフト持ってくるっすねー」
「は、はあ」
正座を解いてその場でぴょんぴょんと飛び跳ねながら喜んでみせる浦佐。まあ、そういう年の割には子供っぽいところも、見れば可愛かったりもする。
「あ。初音ちゃんとふたりでゲームしたら駄目っすよ。初音ちゃん、何しでかすかわかったものじゃないっすから」
「……はいはい。僕も敷島さんを勝手に養うことにはされたくないから、注意しますよ」
「本当っすからね、駄目っすからね」
ぷくりと頬っぺたに風船を作らせた彼女は、じーっと僕の顔を横目で見つめる。……これが、彼女なりの嫉妬の仕方なのだろうか。
「わ、わかったって、大丈夫、大丈夫だから」
そんなふうに、僕と浦佐は、とくに取り留めのないことを話しては、陽が沈む時間くらいまで過ごしていった。
「それじゃ、お邪魔したっすー」
夕方。さすがの浦佐も家に帰る、ということで玄関先で彼女のことを見送ると、待ってましたとばかりに敷島さんがにょろっと隣の部屋から顔を覗かせては、僕のもとへと歩み寄ってきた。
「いやいや、下手な芝居も打つものですなあ」
ニヤついた表情で僕の隣に位置を取り、遠ざかっていく浦佐の背中を眺める敷島さん。
「……やっぱり演技だったんですね。この間の水溶き片栗粉といい、手が込み過ぎているような気が……」
「へ? ああ、まあ、演技ではあったけど、別にはっちーに養ってもらいたいって気持ちは本当だけど?」
「ふぁい?」
そこは本当なんですと?
「まー。でも浦佐のほうがはっちーに依存してそうだったし、私も自分で恋愛するより他人の恋愛眺めているほうが楽しいクチだからさ、浦佐に発破をかけたってわけよ」
「……どこまで上手を取れば気が済むんだ。っていうか美穂はどうしているんですか?」
「んー、妹ちゃんはねえ。お兄ちゃんに彼女ができる意義っていうか、まあ、その。兄離れを促すことを話したら、ぐずって寝ちゃったよ」
「……それはなんか、色々とすみません」
「いやいや、仮にも負けヒロインだよ? 私。そんな人に掛ける声が『すみません』じゃ、私もNTRの道に走っちゃうかもしれないなあ」
飛び出した単語に言葉を失うと、敷島さんは苦笑いをしつつ、
「冗談だよ冗談。そんなことしたら、せっかくできた最高のゲーム仲間をみすみす失っちゃうからさ。ま、せいぜい仲良くやっておくれよ。色々ちっこい奴だけどさ。一緒に人生過ごすぶんには、楽しませてくれる奴だと思うよ、私は」
トントン、と優しく僕の肩を叩く。
「あー、でもまあ、なんか色々あって浦佐と別れることになりましたーってなったらいつでもウェルカムなんで。美人女上司にはっちーが食われる前に私が美味しく召し上がるね。あっ、結婚式には呼んでおくれよ? 親友代表のスピーチしたいからさ」
「……とんでもないこと言われそうなので別の人に頼みたいです、僕は」
そこまで話すと、「じゃ、妹ちゃん起きたら部屋送るから。じゃあね」と言い、敷島さんは自分の部屋へと引き返していった。……感謝しても、しきれないかもしれない。
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