第49話 果たし状

 ……なんで話してもいないのに浦佐が僕の家に泊っていることを知っているんだ、と僕は思ったのだけど、その謎はすぐに解明された。

「いやー、だって家帰ったら浦佐の着替えがワンセットまるまる減っていたからさ。あ、これははっちーの家泊まるなってビビッと来たわけよ」

 そういえばそうでしたね……。しかしよく気づきますね……。


「そんじゃ、頼んだよー、正午くらいにそっちの家行くからさー」

「は、はあ……わかりましたけど」

 本当に起きるんでしょうねえ? 敷島さんのことだから「ごめんごめん、夕方まで寝落ちちゃってたよーあはははー」とか言い出して陽が沈んだ頃にケロッと家のインターホンを鳴らしそうだ。


 ──かと、思ったんだけど。

 きっちり時計の針が一本に重なる時刻に、


「やっほー、来たよはっちー」

 目覚めくっきりばっちりの敷島さんが僕の部屋にやって来た。

「あー、初音ちゃんやっと来たっすよー。もう、なんすか用事って」

 敷島さんの到着を聞きつけた浦佐は、右手にゲーム機を持ったまま玄関にやって来る。両頬には大きな風船が完成済みだ。


「まあまあ、そうぷんすかするなってー。浦佐が怒る気持ちもわかるからさー。ひとつ、久々にゲームでサシの勝負といかないか?」

「ふぇ? なんの勝負をするんすか?」


「んー、そうだなー。浦佐が勝ったら、この間のことを全力で謝ってあげるよ。そうだなあ、それに、浦佐の欲しがっていた新しいヘッドホンも買ってあげるよ。それでどうだ?」

「いっ、いいんすかっ? 本当っすか!」


 すると、浦佐の扱いに慣れている敷島さんは、そんなエサを垂らして、きっと三の矢を放とうとしていた。

 ……無条件でこんなゆるゆる甘々な勝負を持ちかける人ではない。きっと、何かするつもりなんだろうけど……。

 どういうつもりなんだ……?


「それで、初音ちゃんが勝ったらどうするんすか?」

「んー、私が勝ったらねえ……ふひひ」

 敷島さんは急に不敵な笑みを浮かべたと思うと、途端に僕の腕を取ってひっついてきては、


「はっちーのこと、貰っちゃおうかなあって」


「へ?」「はい?」「っっっど、どっ、どういうことですかっっ?」


 放たれた矢は、浦佐だけではなく僕と美穂までも巻き沿いにして、的の中心に突き刺さったみたいで、一瞬にして僕の部屋にいる三人全員が混乱の渦へと飲み込まれた。

 っていうか、僕当事者じゃないのに賭けの対象になっているのが解せないというか……。


「はっ、初音ちゃん? どっ、どういう意味っすか?」


「んー? どういう意味もどういうこともねえ、だってこんななかなかな優良物件、そうそう見つかんないと思うよー? 都内の優良企業(父親調べ)に内定貰ってるし頭もそこそこいい。変に考えかたは偏ってたりしないし、面倒見もいい。なんせ私の単位の面倒を最後まで見てくれるような人だからねー。本物だよ。顔もまあまあと来たらさ。……いやあ、これ社会人になったら真っ先に手垢がつきそうな案件だなあって」


 なんか僕の品評会が始まっているんですけど? どういう気持ちで聞けばよいと?


「これ来年まで放っておくと同期の女子社員からは愚痴零す相手(意味深)にされて先輩の女子社員からは可愛がられそう(意味深)で、うかうかしていられないなーって」


 あと、言葉の端々にわざわざ括弧づけで補足をしているのは一体……。僕、そんなに草食系に見えます……? いや、別にいいんですけど、自覚も少しはあるんですけど……。


「大学卒業時点でアラサー確定の私からすれば、人生安泰にするためには養ってくれるいい男の子を見つけないといけないわけで? はっちーになら抱かれてもいいかなあって思うこの頃だから? まあ、そういうわけで」


「いやいやいや、それでどうして自分に勝ったら、って話になるっすか、全然わかんないっすよっ」

「って言いながら浦佐、めちゃくちゃ焦っているように見えるけど」

「ぎくっ」


「そうですよっ、そんな不純な動機でお兄ちゃんは渡しません!」

「じゃあ純粋だったらいいの? 今ここではっちーにちゅーしてみせようか?」

「んぐっ……」


 そして、敷島さんによって浦佐と美穂のふたりが斬られてしまった。


「あれれー? もしかして、浦佐って──」

「い、いいっすよ、どうせ自分にはノーリスクなわけっすし、勝てば初音ちゃんからヘッドホンプレゼントしてもらえるっすし、ノー問題っすね」


 ……あのー、そこに僕の意思は介在できないのでしょうか。勝手に恋人決められる僕の身にもなってくださーい。敷島さんの意図もなんとなく理解はできましたが、それなら一言事前に相談して欲しかったなー。


 というわけで突然ではあるけども、敷島さんと浦佐による勝負が始まる、ことになった。

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