第47話 コマンド→スタート
晩ご飯が終わり、美穂はお風呂に僕と一緒に入りたがったのだけど、浦佐の愚痴がなかなかに止まらなかったのに気圧されたのか、
「わ、私先お風呂入ってくるね……」
いそいそと寝間着と替えの下着を抱えてお風呂場へと向かった。その間、僕と浦佐は、喋りながらするにはまあまあ難しさを抱えるレースゲームをしていた。
「……浦佐、お前、凄いな」
そんなかれこれ二十年以上美穂の兄をしてきたなかで、初めて見るといっても過言ではない光景に、僕は思わずそう口にした。
「? 何がっすか? 自分がエロゲを完走したことがっすか?」
「……それもあるけどさ。いや、もうそういうことでいいや」
美穂がひとりでお風呂に入ることの素晴らしさについて語っても、「なんすかシスコンっすかセンパイ」って言われるのがオチだ。
「……それで? 成果はなんかあったの?」
「ふぇ? 何がっすか?」
「……だって、今まで恋愛シミュレーションゲームにこれっぽっちも興味示さなかったのに、急に敷島さんから借りたんだろ? なんかしらの動機があったんじゃないの?」
それに関しては敷島さんがものすごーくニヤニヤしていたし。
「ききききき急に何聞いて来るんすかセンパイ、そんなのなんとなくに決まってるっすよなんとなくそうに違いないっすはい」
……誤魔化すつもりがあるならせめて自分で投げたバナナで三連続スピンしないでもらいたいんですけどねえ。
「ふーん。えい」
僕はチラッとテレビ画面に上半分、浦佐の操作画面を見やっては、僕が保持していた赤色のこうらをポン、と発射させた後、火の玉を吐く花を装備しては前方を走る浦佐目掛けて乱射させた。
「ぎゃああああ! ちょっ、えっ、いっ、いつの間にセンパイが後ろにっ? そ、そのデスコンボはやめてくださいっすよおおおお!」
バナナにスピンし終わり、体勢を立て直したところにまずこうらが激突して浦佐のカートが転倒。ようやく立ち上がったタイミングでさらに都合よく火の玉が飛んできてまたまたまたスピン。十秒以上あったはずの僕との差はあっという間にひっくり返ってしまった。
「いや、まあゴールライン前で立ち止まってたらそりゃあ狙うよね」
「……そっ、それは……うう……正論なので何も言い返せないっす……」
「まあ、本当になんとなくなら別にそれでも僕はいいんだけどさ」
……敷島さんはそれじゃ満足しないだろうけど。納得じゃなくて満足なのが彼女の人柄が出ているというか。
「じゃ、別のことでも聞くか。エロシーンを除いて、何か思うところでもあったの? エロシーンの話はさっき耳にタコができるほど聞いたからいらない」
美穂の前で散々屋外だとか露出だとか逆だとか、お尻のほうだとか中だとか生々しい発言をしてくれたからな。……っていうか、どういうエロゲだよそれ。本当にそれ恋愛をシミュレーションしているのか?
「んー、そうっすねえ。……案外、みんな気がついたら、誰かのこと好きになってるんすね。もっと、わかりやすいものだと思ってたっすから」
そして出てくる感想は普通にそれっぽいこと言っているのが尚更。あれ? 実はちゃんとシミュレーションしてる?
「……そういうもんなんじゃないの? いや、知らないけどさ」
僕も言って彼女いない歴イコール年齢をきちんと守っているから、人のことあまり言えないんだけど。ただ、日本文学を専攻しているから、他人の恋愛事情については嫌というほど読んできている。知識だけは蓄えているのが悲しいところだ。
「言うて、一目惚れじゃない恋愛のほとんどはぬるっと始まるもんじゃない? 持論だけどさ。ご丁寧にスタートの号砲なんて鳴りやしないよ」
「やけに語るっすねセンパイ。実は専門分野だったりするっすか?」
「……世の文学は大抵、恋愛か社会への不満をぶちまけるか、人間とはという問いの三択だから仕方ないんだよ」
「……自分たち、エロゲについて話してたんすよね?」
「エロゲも広義で捉えれば文学だから別にいいよ」
「それでいいんすか」
「いいのいいの。話それたね。……一目惚れじゃないってことは、言っちゃえば外見はそんなに好みじゃない、だったんだろ? じゃあ好きになる要素は内面になるわけだけど、人の内面なんか、そんなスパッと一瞬で理解できてたまるかよ。緩やかに理解していって、ある一定のラインを超えたときに、恋愛感情に育つもんだと、僕は思ってるけど」
「……センパイ、将来教授にでもなるつもりっすか?」
「もう就職決まってるんだよなこれが」
そこまで話すと、今まで続いていたレースがひと通り終わり、ホーム画面に戻ってきた。まだ美穂がお風呂から上がる様子はない。浦佐は、ニンマリと表情を緩ませては、
「……センパイ、もう一戦、どうっすか?」
そう、提案してきた。僕に断る理由は、存在していなかった。
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