第46話 エラーメッセージ:深刻な問題が発生しました

「あ、あれ? 浦佐お姉さん?」

「お邪魔するっす」

 美穂からすれば突然の来訪なので、お茶碗片手に驚いた顔をしていた。


 敷島さんのときと違って、晩ご飯はきっちりふたり分しか用意していなかったので、まあそこは僕の分を削るというか、なんとかしてうまいことやる。「晩ご飯食べてく?」と気まずくなったなかとは言え口にした手前、何も出さないわけにはいかない。


「まあわかりきってはいるけど、敷島さんは?」

「初音ちゃんなら、『あなたはとんでもないものを私に盗まれました。それはあなたの時間です。にひひ。逃走者シキシマ』っていう意味不明な置手紙を残していなかったっすよ」

「……予想の斜め上を超えていくな敷島さんは。煽りスキル高過ぎでは」


 っていうか、浦佐をいじるのに本気出しすぎでしょ。……その、ゴムに水溶き片栗粉を仕込んでゴミ箱に放り込むのは、なかなかに悪質というか。友達同士だからまだ笑い話になっている(のか?)けど、これを彼氏彼女の関係でやれば、一発で別れ話につながりかねない、と思う。そんな修羅場、経験したことないからわからないけど。


「出会ったときからずーっとこんな感じっすからね。ふんだ。今度会うときまでにこっそり設定でAボタンとBボタンの操作反転させておくっす」

 ……仕返しの仕方が地味にもほどがあると思いますが、ゲーマーにとっては致命傷なのでしょうか。


「……それで、どうでもいいこと聞くけど、それでどうして浦佐は怒ったんだよ。……こういうとあれだけど、別に僕と敷島さんが関係持とうが浦佐は困らないというか。いや、別に敷島さんがどうこう、っていうつもりはないけど」

「へっ? そっ、それは……そうっすね……」


 僕がそれを尋ねると、今までぷんすか鼻息を鳴らしながら分け与えた白米を貪っていた浦佐は、途端に箸を動かす手を止めては、フリーズしてしまったゲーム画面のように固まってしまった。


「「……あれ?」」

 それに、僕と美穂が同じような反応を示す。


「……なっ、なんとなくっすよ、なんとなく。自分の知らないところで、知り合いがそういうのは、気になるっすからね」

 んんんん? なんだ? この反応は?


「……だ、だいいち、おかしいと思ったんすよ。初音ちゃんから貰ったゲームインストールして、メニュー画面行くまでになんかどうも全年齢じゃなさそうな注意書きしてたっすし、シナリオ進めて個別ルート入ったかと思ったらいきなり……おっぱじめるっすし」

「聞いてないことまで話さなくていいぞー浦佐。っていうか食事中に下の話はしちゃいけませんって教わらなかったかー」

 もはや繰り返しすぎて、美穂から隠す気も失せる。何度目だろうか。うん。


「愚痴らなきゃやってられないっすよっ。十五時間以上試行錯誤して、寝ないで共通ルート攻略し終わった自分に対する仕打ちがまさかエロシーンとは思わないじゃないっすかっ」

「……お兄ちゃん、浦佐お姉さん、何の話しているの?」

 ほれ見ろ、膝の上の美穂がつんつんと僕のシャツの裾をつまんで聞いてきた。


「んー、なんだろうね、おしべとめしべの話かなあ」

「でも、さっきから個別ルートとか共通ルートとか言っているけど」

「それに関しては僕もよくわかってないから、気にしなくていいよ」


 いや、気持ちはわかるよ浦佐。期待して買った小説がいよいよクライマックスってなったときに、これでもかと濃厚な描写の官能シーンが差し込まれたときに絶望感ったら。お前官能小説だったのかよおおおお! と叫びたくもなる。浦佐にしてみれば「君エロゲだったんすかああああ!」だろうな。いや、別に官能小説を否定しているわけではない。でも、ほら? 予告もなしにそういうシーンが入ると萎えるでしょ? 僕はそうなんだ。異論は認める。


「……それで? 結局そのゲームどうしたの? 止めたの?」

「……完クリしたっすよ。さすがにそこで止めたら自分の一日ドブに捨てたようなものっすから」

 ちゃんと全部やったのか、それはえらいな。


「……それで、それで……どうしてあんなゲームやった後にボロボロ泣かないといけないんすかああああああ!」

 普通に楽しんでいるんじゃんか、アドベンチャーゲーム。


「ヒロインの子が学校の古い花壇を整備し続ける理由わかった途端、ティッシュ取る手が止まらなくて困っちゃったっすよ、なんすかあのゲーム、世界中から全てのティッシュを消し去るつもりっすか!」

 怒っているのか褒めているのかはっきりしてもらっていいですかねえ。それ、クリエイターにとっての誉め言葉なのでは?


「おかげでトイレットペーパーで鼻かむ羽目になったっすよ!」

 ティッシュ使い切っているのかよ。ボロ泣きじゃないか。


 それからも、浦佐の感動的なエロゲ―の感想は止まることはなく、文句を言いたいのか気持ちを共有したいのかよくわからないことに。

 ……どこまでも、根っこはゲーマーなのかな、なんて思っていた。

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