第44話 男子女子の定義

 〇


 夢の国に行くという、恐らくきっとこの夏最大になるであろうイベントも終わり、そろそろ八月の終わりが目に見える頃合いになってきた。となると、中学校の夏休みもそろそろ終わる時期になる、というわけで。


「……そういえば、美穂は夏休みの宿題とかいいの? こっちで全然見てないけど」

 ある日の昼下がり、適当に茹でたそうめんをすすりながら僕は膝の上の美穂に尋ねた。


「宿題? 東京来る前に終わらしちゃったよ? 宿題なんかにお兄ちゃんと過ごす時間邪魔されたくないし」

 すると、くるっと半分振り向いた美穂は、箸に掴んでいたそうめんをずるずるとすすりきってからそう答える。


「……そ、そっか、なるほど」

 美穂の答えに、極度のブラコンならそう考えてもおかしくはないか、と納得してしまう。……いや、ここは純粋に考えよう、宿題はさっさと終わらせたほうが楽だし? 僕もそういうタイプだったから、きっと兄妹で似たんだ、そうに違いない。


 心のなかでそう結論づけて、再び目の前にあるそうめんへと意識を集中させる。と、

 ピンポーン。

 何の前触れもなく、インターホンが鳴り響く音がした。僕は膝の上に乗っている美穂をよいしょと床に置いてから、玄関へと向かいドアを開けると、


「やっほーはっちー。ちょっと面白い話があってさー……あれ? 今もしかして昼食べてた?」

 完全に今起きたんだろうなあって顔つきの敷島さんが、そこにいた。


「……まあ、もしかしなくてもそうですね」

「ラッキー、私も食べていい?」

 僕がいいって言う前に、敷島さんは靴を脱いで部屋に入っていた。


「……いいですよ、ちょっと茹ですぎたんで」

「おっ、はっちー太っ腹―。妹ちゃんもおはよーっ」

「え、お、おはよう……?」

 美穂のその反応は至って正常だよ、今は正午回ってるからね、どう考えたってこんにちはが正解だ。この時間は。芸能人じゃあるまいし。


 僕は台所から割りばしと取り皿を用意して、敷島さんに手渡す。

「サンキューはっちー。やっぱり夏はそうめんだよねー」

 割りばしを受け取った敷島さんは、大皿に並べているそうめんを掴んでは、ちゃぽんと音を鳴らして取り皿に放り込む。


「……それで、面白い話っていうのは?」

 僕がさっきまで座っていた位置に戻ると、待ってたかのように美穂も当然の顔をして膝の上に座る。敷島さんは、顔色ひとつ変えずに、


「んんー? あー、いや。昨日の夜、例のごとく浦佐と終電間近までゲームしてたんだけどさー、浦佐、帰り際、私にギャルゲーと乙女ゲー貸してくれないかって聞いてきたのよ、どういう風の吹き回しだよって思って」

 ……ギャルゲーと乙女ゲー? あれですか、いわゆる恋愛をシミュレーションするゲームですか。


「理由聞いたらさ、『なんとなくっすー』だとさ」

 敷島さんは、わざとらしく口先をとんがらせては、浦佐の口調の物真似をしてみせる。


「でも、あんなに私がエロゲ―薦めたのに、散々渋って渋って渋って、ねえ? いきなりこれだと、何かあったんじゃないかなーって穿った目で見たくもなるよねー」

 は、はあ。


「理由を話してくれなくてなんとなくイラっとしたから、数本貸したなかにドギツい凌辱シーンがある抜きゲーを紛れ込ませておいた。浦佐の反応聞くのが楽しみだなー」

 やることが子供過ぎる。貸しているものは大人だけど。


「お兄ちゃん、りょうじょくって何?」

 このやり取り、何回目だよ。


「……敷島さん、妹の前でそういう単語使わないで貰っていいですか?」

「え? 中二って言ったら思春期まっ盛りなんじゃないの? 女子は違う?」

「何男子目線で話進めているんですか、敷島さん女子ですよね?」


「いやー、もう女子って名乗るのにはキツいかなー。私二十二歳だし」

「それ言ったら僕も男子名乗れないんでやめてください。せめて学生の間は男子でいたい」

「その論理だと、私アラサーになっても女子名乗れることになるけど大丈夫? 最短で卒業しても二十六歳だし」

「お兄ちゃん、何の話しているの?」


 ごめん、僕もいまいちよくわからなくなってきた。


「美穂は気にしなくていいよー。いや、別に思春期でエロくなろうが自然なことなんで僕は全然構わないんですけど、健全な方向でエロくなって欲しいっていうかああもうわけわかんないんで一旦この話終わらせていいですか? 敷島さん」

「別に私は構わないよー。っていうかこのそうめん美味いね。どこのそうめん?」


 ああ、マイペース。僕の周りにはこんな人ばっかりなのか、そうなのか。

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