第41話 慣れない眼鏡の扱い

「……お兄ちゃん、一体どんな魔法かけたの?」

「え? 何が?」

「……浦佐お姉さん、私がお昼買っている間にすっかり機嫌直っているから」


 三人それぞれお昼を買い、揃って一時のランチタイムを楽しんていると、ふと隣に座っている美穂が僕に耳打ちして聞いてくる。

「いや、別に、特にこれといったことは言ってないけど……」

「……お兄ちゃんが天然女たらしになってる」

「いや、天然女たらしってなんだよ」


 まあ、浦佐の機嫌が恐ろしく上昇しているのは認めるよ。さっきから鼻歌漏れてるし。新作のゲームハードの抽選販売にでも当たった勢いで上機嫌だよきっと。

「……そういうところなんだけどなあ……」


 美穂は、はぁ、と嘆息し、お昼ご飯にかじりつく。

「? どうしたんすか? ため息なんてついて妹ちゃん」

「……な、なんでもないですよー」


 と、まあプラスかマイナスかで言えばプラスマイナスゼロ、みたいな午前中も終え、お昼ご飯を食べ終わった午後は食後ということもあり、比較的マイルドなアトラクションを回っていった。割と冗談抜きで絶叫系乗ったら胃に入っているのが逆流しそうな気がしたしね。


 そうこうしているうちに、日が傾いてきて、オレンジ色の空が夢の国上空を覆い始めた頃。

「もうそろそろいい時間だし、次で最後にしよっか」

 スマホで時刻を確認し、僕はふたりにそう言った。


「あれ? もうそんな時間っすか?」

「まあ、そうだね。っていうか、そろそろ美穂が限界そう」

「あー、確かになんだか眠そうっすね」


 僕が言うように、美穂は浦佐に手を引かれている状態だけど、なんか時折船を漕ぎ始めているし、遊び回って疲れがピークに達したんだろう。せいぜい次で限界だ。


「じゃあ、最後にあれなんてどうっすか?」

 そんな状況のなか、浦佐が指さしたのは、今まで温め残し続けていた絶叫系のコースター。午前に乗ったものとの違いは、身長制限がないのと、そのくせなかなかのスピードと恐怖感を兼ね備えている点か。


「僕はいいけど……美穂は? どうする?」

「んん……私は待ってる……ふにゅ……」

「オッケー。じゃあ、そこのベンチで待ってて。変な男に声掛けられてもついていっちゃだめだからね?」

「……お兄ちゃん、私を何歳だと思ってるの? そんな子供じゃないんだから……ふぁ」


 子供っぽく見えないからこそ言ったんですけどねえ。浦佐以上にナンパされそうな気もしなくもない。ほんと、浦佐はされる心配が迷子で美穂はナンパという悲しさ。ただ、それを言ってしまうとせっかく直した浦佐の機嫌が悪くなりそうなのでここもスルー。

「それじゃ、すぐ戻るから待ってるんだよ」「行ってくるっすー」


 待機列、そこそこ混んではいるものの、まだまともな待ち時間だった。これなら、美穂をそんなに待たせることもない。

「いやー、それにしても、楽しかったっすねえ今日は」

 順番を待つ間、隣にちょこんと立つ浦佐は、両手を後頭部に組んでは満足気にそう口にした。


「ならよかったよ」

「この手のレジャー行くの久し振りっしたし、普段家に引きこもる生活習慣なんで、たまに外でワイワイするのもいいもんっすねえ」

「……言うほど浦佐引きこもりか? ちょいちょい外出てる気がするけど」


「いやー、ゲームとバイト以外出かけないっすよ? 基本。夏休み中もそんな感じっすし」

「……お、おう。そうなんだ」

 本人が言うならそうなのだろう。浦佐で引きこもりに当てはまるなら、僕もまあ引きこもりに該当しそうな気もするけど。


「あ、次順番みたいっすよ」

 すると、スムーズに流れていった列がいつの間にか進んでいたみたいで、僕らの番がやってきた。荷物を預けたりなんやらを済ませ、コースターに乗車。そして、今にも出発、というときに、僕はあることに気づいた。


「あれ、浦佐、眼鏡かけっぱなしだけどいいの?」

「あっ」

 隣のちびっ子の顔に、まだ眼鏡がつけられていることに。


「すっ、すみま──」

 浦佐が手を上げて眼鏡を外そうとした瞬間、不幸にもコースターは動き始めてしまい、

「……あれ、やばくないっすか? これ」

 ダラダラと冷や汗をかいているのが丸わかりの浦佐の顔が、目に入った。

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