第38話 夏の怪談的な何か

 待機列に入ると、開演時間から僅かな時間しか経っていないのに、早速目を疑いような待ち時間が表示されている。

「ま、これくらい覚悟はしてたっすよ」「仕方ないよね」


 ただ、女性陣ふたりはどこ吹く風で、大して気にもせずに順番を待っている。浦佐のことだから、カバンからいつもの携帯ゲーム機を取り出してカチャカチャやりだすのかなとか思ったけど、意外や意外、ずーっと美穂と楽しそうにお話をしているではないか。


「……? どうかしたっすか? カモがネギ背負って歩いているのを目の当たりにしたような顔して」

「だからどんな例えだよ。微妙にわかるようでわからないネタを使うなし」

 僕が苦笑いとともにカバンにしまっておいた文庫本を取り出すと、


「いや、てっきり待ち時間はゲームでもするのかなって思ってたから」

 考えていたことをあっさりと口にして、本に視線を移した。

「んー、まあしてもいいっすけど、別に妹ちゃんと話すの楽しいっすからねえ。田舎のこと色々知れて面白いっすし」


「嬉しいんだけど堂々と他人の地元をディスるのやめない?」

「でも、さすがに改札機も券売機もないのはやばくないっすか?」

「……何も言い返せないからもう浦佐の言う通りでいいよ」


 実際ド田舎なのは確かだし。雄大な自然とか観光名所とかある田舎なら救いがあるけど、ほんとにただただ人がいないだけのそこらへんに点在してそうな田舎だからほんと何も言えない。いや、そんな田舎も悪くない、と思う人も一定数いる、と思うけど。


 流し読みしていた本を真剣に行間まで拾う勢いで読み込み始めると、ふと、

「それで? センパイは何歳までおねしょしてたのかって話の続きを教えてくださいっすよ、妹ちゃん」

「ちょおおおおおおおっと待とうかそのお話、お兄ちゃんも混ぜてもらっていいかなあ?」


 っていうかなんで僕の過去話を妹が知っているんだよ、普通そういうのって姉の役割じゃないの? え? 実は美穂、年上でしたって怖いオチある? 年上の妹? 何それめっちゃ複雑そうな家庭環境。


「えー、今いいところなんすよー、邪魔しないでくださいっすよセンパイ」

「おまっ、絶対それ聞いて僕をイジる気だろ」

「嫌だなー、そんな悪趣味なことしないっすよー。ただ、初音ちゃんと話して笑いのタネにするだけっすよー」


「それでも十分悪趣味だからな? 何ちょっとはマシみたいな論調で言ってんの? っていうか美穂はなんでそれ知ってるの?」

「? お兄ちゃんのことで知らないことなんて何もないよ?」

「サラッと真顔で言わないでマジで怖いから夏なのに寒気感じたよ」


「お兄ちゃんが使うパスワードのパターンも把握しているし、お兄ちゃんが最後にお母さんに耳かきしてもらった年も知っているし、初めて買った本のタイトルも全部知ってるよ?」


 ……狂気だ。もはやここまで来ると夏の怪談ですとか言われても軽く信じる。


「ね? 妹ちゃんのお話聞くのホント面白いっすよ。センパイ愛されてるなーって」

 ね? じゃないから、ね? じゃ。さしあたり、スマホのパスコードくらいは変えておいたほうがいいかもしれない。……今のままだとプライバシーも何もあったものじゃないことがわかったから。


 そうこう僕の胃と神経に悪いお話をしている間に、待ち時間は過ぎていってしまい、結局本は一ページも進むことなくカバンのなかにお帰りになっていった。


 順番を待っていたこのアトラクション、ドリームランドのなかでも数少ない水かかかるアトラクションで、そういった注意事項が乗車前に説明された。

 あと、横二列縦四列の座席配置、ということで、三人で来ている僕たちは席順をどうするかということで一瞬だけ悩ましいものになったが、


「じゃあ、自分と妹ちゃんがセットでいいっすね?」

 の一言であっさり解決。……三人で来たからこその問題だったけど、美穂とふたりきりでここに来て胃がもつ自信もなかったので、助かったと言えば助かった。

 美穂も一瞬だけ不満そうな顔を浮かべたけど「……ま、まあ浦佐さんがそう言うなら」と素直に受け入れていた。


 どうでもいいけど、僕の隣に座ったのは、シングルライダーのおじさんだった。頭に愉快な被り物を被って、着ているTシャツも公式グッズのものというガチっぷり。そんなおじさんも、スプラッシュする水しぶきに黄色い声をあげて、急降下するときにはしっかりと両手を上にあげてバンザイする楽しみっぷり。

 ……僕にあそこまで楽しむ勇気はなかった。


「いやー、濡れたっすねー、暑かったっすからちょうどいい水浴びになったっすけど」

「うんっ、すっごく楽しかったっお兄ちゃん」

「どうしたっすかセンパイ。狐に包まれたみたいな顔して」


「……隣のおじさんが、めっちゃはしゃいでるのが気になって……それどころじゃなかった」

「「あー」」


 ふたりも納得していたので、相当なものだったのだろう、おじさん。

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