第36話 ぎゅー
〇
二日続けてのイベントスタッフの短期バイトも終わり、美穂と浦佐もそれなりに仲良くなったみたいだ。どうやら、ラインの交換もしたみたいで、しばしばメッセージのやりとりをしている様子もうかがえる。
意外と気が合うのかな、あのふたり……。そんな趣味嗜好は似ている気がしないけど。
「……くふふふ、お兄ちゃん……zzz……」
目下、僕の胸元で眠っている美穂をよそに、僕はスマホで明日のドリームランドに行く電車の時間を調べていた。
浦佐とは東京駅で待ち合わせをすることにしている。そのほうが何かと都合がいいし。僕らは快速で一本で行けるし、浦佐も一本だ。そして夢の国がある舞浜まで、座っていけるというメリットもあっていいことしかない。よって東京駅集合で落ち着くことになった。
お盆の時期も外した平日だから、混雑具合は幾分かマシであってほしい、とは願うけど、まあどうせマシであってもめちゃくちゃ混んでいるんだろうなあとも思う。
「……zzz、ぎゅー……zzz」
…………。美穂、寝てるんだよね? さっきからなんか抱きしめ具合が強くなっているように感じるんだけど?
いや、寝息は確実に立っているから寝ているのに間違いはない。
……ああ、浦佐と馬が合う理由、これかなあ。
美穂は年上に甘える属性がある、浦佐は姉と呼ばれることに喜びを覚える。両者WIN―WINの関係。これしかない。
「……そら、仲良くもなりますわな……」
「……ぎゅー……」
……そろそろ寝よう。なんか、体が痛くなってきた。美穂、抱きしめる力強すぎるって……。
実家にいたときよりも、体大きくなっているから、甘えかたのスケールがアップしている。……い、息苦しいし色々当たっているしでも妹だし……。
メンタルが、ゴリゴリに削られるわ……。
そうして迎えた翌日早朝。
一応朝早い時間に待ち合わせにしていたので、それに合わせて起床時間も当然早くなるわけで。
それによって、どんな影響が出たかと言うと、意外なところで見ることができた。
外でもお構いなしに僕にひっつく美穂はいつも通りとして(通勤ラッシュのなか生温かい目線とリア充と勘違いしている目線を受けたのは別の話)、いざ東京駅の指定した待ち合わせ場所に向かうと、
「……浦佐……だよな?」
そこには、普段と似た、Tシャツに膝が隠れるくらいの長さのズボンを履いたちっこい女子がひとりリュックを背負って立ってはいた。けど、浦佐かどうかに自信が持てなかったのは、
「眼鏡……?」
普段していない、眼鏡をかけていたから。
「そうっすよ、浦佐っすよ浦佐。ひどいっすよセンパイ、自分かどうかわからないなんて」
ああ、この独特な口調は浦佐で間違いない。
「……いや、なんで今日は眼鏡かけてるんだよ」
「あー、いやー、ちょっと昨夜遅くまでゲームしすぎちゃって、朝寝坊しちゃったんすよねえ。待ち合わせギリギリだったんで、コンタクト入れる暇がなくて……あははは」
割とこいつならやりそうなことだったので、さして驚きもしない。むしろ、ちゃんと定時に来たことを褒めるべきなのかもしれない。
「……というか、普段はコンタクトなんだな」
「そうっすね。普段の生活くらいなら気にならないんすけど、長時間ゲームすると、汗かいて眼鏡ずれたりして、プレイに支障が出るのが嫌なんすよねー。それで、いつもはコンタクトつけてるっす」
なるほど、実に浦佐らしい。
「よし、それじゃあホームに向かうっすか。そろそろ電車の時間っすし。妹ちゃん、行くっすよー」
発車標の電光掲示とスマホの現在時刻を照らし合わせた浦佐は、とてとてと美穂の手を取ってホームのほうへと駆け出し始める。
「えっ、あっ、浦佐お姉さん、いっ、いきなりすぎますって……!」
「はしゃぎすぎてこけるなよー」
……いや、もう十分はしゃぎすぎていると思うけど。っていうか、もう光景が中学生同士が楽しさ極まっている様子にしか見えないんだけど、片割れ(しかも小さいほう)が大学生なんだよなあこれが……。
「センパイもはやくはやくっすー」
「はいはい、今行きますよー」
まあ、別に悪い気分ではないんだけどね、これが。
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