第35話 可哀そうなセンパイ

「すっかり寝てるっすねえ……」

 大学から直接武蔵境駅まで戻り、晩ご飯は妹ちゃんのご希望たって、ファミレスでハンバーグをご馳走してあげた。


 冷やし中華・アイスクリーム・ハンバーグ、金額にして二千円くらい。まあ、二千円で妹ちゃんが満足してくれるなら痛くもないっすね。

 晩ご飯も済ませて、家に帰るとさすがに一日中歩き回ったからか、疲れて妹ちゃんはベッドですやすや寝息を立て始めていた。


「……こうしていれば普通の女子中学生なんすけどねえ」

 というか、太地センパイの話をしていないときは普通だった。まあ、恋は盲目とか言うし、そういうものなのだろうか。


 ……実の兄妹間でこの慣用句を使っていいかどうかいささか不安を覚えるけど。

 かくいう自分は、センパイが帰ってくるまでの間の暇つぶしに、持ち込んでいたゲームをポチポチといじっていた。一応、操作音で妹ちゃんが起きないように、遊ぶのはアクションものではなく、アドベンチャーもの。ストーリーパートを読み進めるくらいなら、それほど音も立てないだろう。


 妹ちゃんの寝息をBGMにゲームの世界に没頭していると、いつの間にか夜も深い時間になったようで、ガチャリと玄関の鍵が開けられる音がした。


「ただいまー……って、あ、まじで? もう美穂寝てる?」

「あ、おかえりなさいっすー。疲れちゃったみたいで、帰ったらすぐ寝ちゃったっすよ」

「そっか、それならそれでまあ……。あ、あとこれ、今日のお駄賃」


 肩にかけていたカバンと一緒に勉強机にセンパイはコンビニのビニール袋を置いたかと思うと、ちょっとお値段が張る少しだけ美味しいプリンを自分の目の前に差し出した。

「あ、いいんすか? わーい、プリンだプリンだー」

 ひょこりと床に座りなおして、早速買ってもらったプリンを食べ始める。


「……ほんと、食べ物に目がないのな……浦佐は」

「人間誰だって美味しいものは大好きじゃないっすか。そういうことっすよ」

「お、おう。……そういうことね」

 センパイは荷物の後片付けを終えると、そのまま椅子に腰かけては、ぐるっと体の向きをひっくり返して自分と正対する。


「それで、どこ行ったの?」

「センパイの大学っす」

「ぶほっ……。え、ええ? まじで言ってる?」

「マジっすよ。ゼミの写真を見て、センパイに悪い虫がついているってぼやいていたっす」


「……写真まで見たのかよ、やばい、そのうち問い詰められる」

「問い詰められるようなことゼミでしてるんすか? センパイ」

「……いや、してないけどさ」

「微妙な間、気になるっすねえ」


「……はぁ。大丈夫だよ、どうせ飲み会の財布くんのために仲良くされてるだけだからさ。美穂が思うようなことは何も」

 深いため息をついて、飲みかけのコーラを呷るあたり、本当に財布としか思われていないのかもしれない。それはそれでなんか不憫だ。


 妹ちゃんには過度に懐かれて、ゼミの同級生の女子には財布扱い。うーん、なんか可哀そうになってきたっすねえ。

「ああ、あとそれともういっこ頼みたいことがあるんだけどさ」

「なんすか? 可哀そうなセンパイ」


「……なんかその呼びかためっちゃイラっとくるからやめてくれない?」

「あはは、すみませんっす、センパイが可哀そうすぎてつい」

「で、それで……美穂がドリームランド行きたいって言っててさ」

「ドリームランドって、あのドリームランドっすか?」

 千葉県にある某夢の国の。


「そう。別に行くのはいいんだけど、美穂とふたりで行くと……その……色々羽目外して甘えてきそうで、僕の胃がもつか不安で……」

 ……今日の妹ちゃんの様子を見ても、初めて会ったときの様子を見ても、センパイの不安はもっともだと思う。


「んー、はたから見ればバカップルにしか見えないから問題ないんじゃないんすかねえ」

「周りからバカップルって思われる僕の身にもなってくれ……それに耐えられるならこんな性格してないよ……。ち、チケット代までなら出すから、な? 頼める相手浦佐くらいしかいなくて」


「? そうっすか? そう言われると、悪い気がしないっすねー。ふふふ」

 誰かに頼られるのは、正直悪い気がしない。妹ちゃんにお姉さんって言われるくらい悪い気がしない。だから、センパイのそのお願いにも、


「いいっすよー。日付さえ決めてくれれば、シフト空けるっす。それに、なんだかんだ自分も夢の国最近行ってないっすしねえ」

 二つ返事で了承していた。


「助かる。日程決まったら連絡するから。じゃあ、あと……明日もよろしくお願いします」

「合点了解っすー」

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