第33話 悪い虫ばっかり
夏休み期間中、ということもあって、ビルが林立しているキャンパス内で学生の姿はまばらだった。時折、サークルの集まりみたいな人たちが体育館で使うであろうシューズを手に歩いていたりとかはあったけど、それ以外はほとんど人がいない。
「授業期間中だと、自分の大学も学生いっぱいいるんすけど、今は夏休みっすからねえ」
「授業あると、たくさん人いるんですか?」
「いるっすよ? どこから出てきたんだって言いたくなるくらい、学生詰め込んでるっすから。あ、あそこがセンパイの文学部がある建物っすね」
似たような色合いのビルが立ち並ぶなか、キャンパスマップであらかじめ把握しておいた文学部棟に自分と妹ちゃんは到着する。
「ちょっとなか覗いてみるっすか。外も暑いっすしね」
「は、はい」
照り返しもきつい東京の陽射し、あまり外にいて体力を消耗したくもない。せっかくクーラーが効いている屋内に入れるなら、その恩恵に預かったほうがお得だろう。
自分はセンパイの大学に学費払ってないけど。
「おお、涼しいっすねえ。それに、ここから直接学食にも行けるみたいっすよ、ラッキー」
自動ドアをくぐって、文学部棟の一階に入ると、まあ普通の大学と同じように、学部の事務室があって、掲示板があって、色々連絡事項が掲示されていたり、といった感じだ。
「へー、ゼミの集合写真も張ってるんすね、探せばセンパイ見つかるんじゃないっすか?」
その隣には、きっと一・二年生のゼミ選びの参考にしてもらうつもりなんだろう、色々な写真が所狭しと並べられていた。
「えーっと、センパイの専攻分野は……」
「お兄ちゃんは日本文学です」
「な、なるほど。さすが妹ちゃん」
と、なると、写真は……あ、あそこらへんかな。「日本文学専攻」って区切られたスペースがある。時代ごとに担当している教授が違うみたいで、センパイがいる写真は……と。
「あ、センパイの写真みっけ」
ぐいっと首を大きく傾けた先に、目的の写真を見つけた。
「って……女子ばっかりっすね、センパイのゼミ」
「むううううううう、お兄ちゃんの両脇にいる女……近すぎ……」
「い、妹ちゃん?」
明らかにその呼びかたは色々問題を呼びそうっすよ? 今どき女呼びすることってそうそうないっすよ? 色々乗り遅れたおじいちゃん政治家が失言するときじゃないんだから。
「……というか、男女比一対九くらいだよね……これ。お兄ちゃんの周りに悪い虫ばっかり……だからあまり実家に帰ってこなかったのかな、これってそういうことなのかな」
「も、もしもーし、妹ちゃーん?」
……もしかしなくても、ブラコン拗らせて病みモード入っている? だとしたら、見せちゃいけない写真見せた気分っすね、これ。あははは、ごめんなさいっすセンパイ。
「……この人、視線お兄ちゃんのほうばっかり。もしかしたら──」
「──ああっ、なんか自分お腹空いてきたなあ、そろそろ学食行かないっすか? 妹ちゃん、そうしないっすか? それがいいっすよ、食べたいもの奢ってあげるっすから、そうしましょう?」
やばいやばいやばい。中学二年生がしてはいけない目で写真の女子大生見てたっすよ。本気出したら個人情報特定してなんかここでは言えないような陰湿なことして二度とセンパイに話しかけられないメンタルにさせられそう。
「……それもそうですね。ちょうどお腹減りましたし、いいですね」
ふう、なんとか妹ちゃんが闇落ちする前になんとかできた。
文学部事務室前から伸びている通路を歩くと、そのまま学食に繋がる。やはり夏休み中なので、お昼どきとは言え、席はかなり閑散としている。
適当な空いているテーブルに妹ちゃんの荷物を置いてもらい席取りにして、券売機の前に向かう。
「何食べたいっすか? なんでもいいっすよ?」
自分は、ポケットに入れておいた財布を用意しては、妹ちゃんに尋ねる。すると、おずおずと妹ちゃんは、
「じゃ、じゃあ……これを」
冷やし中華、と書かれたボタンを指さした。
「暑いっすしね。そういうの食べたくなるっすよね。自分はざるそばセットにしよーっと」
千円札を券売機に入れて、ふたつメニューを注文してもお釣りが来るほどの格安さ。やはり学食はこうでないと。
「じゃ、また席で合流っすね」
冷やし中華とそばでは注文口が違うようで、一旦妹ちゃんと別れて注文しようとすると、
「……お嬢ちゃん、迷子かい? お兄ちゃんかお姉ちゃんはいないの?」
明らかに善意なのだろうけど、心配そうな顔の学食のおばちゃんが自分に聞いてくる。
「……いや、あの、自分、大学生っす」
もはや慣れてしまっているのが辛いけど、学生証を見せると、途端におばちゃんは気まずそうに食券を受け取っては「あはは、ごめんね、失礼しちゃった」と苦笑い。
……本当に失礼っすねえと思ったけど、言わないではおいた。
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