第30話 保護者役の適任者
さて、敷島さんの機転でなんとか晩ご飯にもありつき、食べ終わった後も数時間ゲームをするというフルコースで、美穂の上京初日は終わっていった。
帰り際、ふたりは、「よーし浦佐、私の家戻ったらこの間の実況の続き撮ろうぜ」「おっ、いいっすねえ、撮りためもなくなってきたっすし、ちょうどいい頃合いっす」などと言い合いながら僕の家を後にした。
……まだこれからゲームするのかよ……体力やばいな……。僕はもうヘトヘトだよ。ゲームしただけなのに。
ただ、今日という日がこれで終わるかというとそんなはずはなく、
「お兄ちゃん、さっきは邪魔──んん。お客さん来ちゃったから無理だったけど、今度こそ一緒にお風呂入ろ?」
玄関の鍵を閉め、部屋に戻ろうとした僕をニッコニコの笑顔で迎えたのは、両手にパジャマと替えの下着を抱えた美穂だった。
「……あ、はい。そうだったね」
抵抗する意思すら、見せるのは面倒だった。
「……それで、最近学校どう?」
「んー、普通だよ? そんな変わったことなんてそうそう起きないよー」
一緒にお風呂に入り、みっちり洗いっこ(意味深だけど健全です)をした後、美穂は僕の膝の上に座るように湯船に浸かる。見慣れたとはいえ前より成長している妹の真っ白な背中を見て、ちょっとだけ年を取ったことを自覚させられる。……いや、弟や息子ならまだしも妹なのが一般的には問題なんですけどね。
「……まあ、ドラマじゃあるまいし、そうそう変なことなんて起きないか、そうだよね」
そういう僕は最近変なことばっかり経験している気がするけど、この際それには触れないでおく。
「それで、美穂は東京に来てどこか行きたいところとかある?」
「え? 私はお兄ちゃんが一緒だったらなんでもいいよ?」
僕が尋ねると、湯船のなかで美穂はくるっと身体の向きを変えて、対面するような形になった。
おかげで妹の発育途中のあれやらあれが目に入りそうになって視線のやり場に困る。
「……それはそれでいいんだけどさ。その場合、僕インドアだからずーっと家に引きこもることになると思うけど……」
「あー、お兄ちゃん読書大好きだもんね、そうなっちゃうか……。あ、でも美穂あそこ行きたい、千葉にあるドリームランド」
「……某夢の国ね。僕も東京来てから一度も行ってないな」
「そうなの? じゃあさじゃあさ、せっかくだし行こうよドリームランドっ」
「……ま、まあ、ありっちゃありだけど……」
「お兄ちゃん来年から就職するんでしょ? 今のうちに遊んでおかないと損だよ損」
「……そっ、それもそうだけど……」
「ね? いいでしょ? お兄ちゃん」
二の足を踏む僕に、美穂が追い打ちを次々と打っていく。おかげで妹のそれなりに整った顔(何度だって言うけどシスコンではない)が間近に来るわ、さっき僕がしてあげたシャンプーの香りがするわで思考回路がショートしそうになる。
「わっ、わかった、わかったよ、僕のバイトがない日でなるだけ空いてそうなところ目掛けて行こう、それでいいでしょ?」
「やったっ、お兄ちゃんありがとう!」
……空いてそうって言ったって夏休み期間じゃ平日土日関係なく大混雑してそうだけど。そんなことは気にしたって仕方ない。
「……あ、あと僕明後日明々後日と短期のバイト入ってて、その間家空けることになるんだけど……美穂どうする? どこか出かける?」
「そうなの? んー、でも私東京全然わからないし、ひとりで出かけるのはなあ……」
単身で実家から僕の家にアポなしで来る度胸はあるんですけどね。それ(僕の家に行くこと)とこれ(都内に出かけること)は別ってわけですか。
「……あれだったら、今日の知り合いに頼んで、どこか連れてってもらう?」
「えっ? いいの?」
と言っても、僕以上にインドアな敷島さんには期待できないから、となると必然的に浦佐ということになるんだけど、
……なんだろう、絵面が面白い。小学生に見える大学生と、大人に見えなくもない中学生。絶対何か起きるでしょこの組み合わせ。
「いいって言ってくれたらね。正直美穂をひとりにするのもなんか怖いし……誰か一緒にいてくれるなら安心だし」
……安心。まあ、安心していいよね? 曲がりなりにも大学生だし、十九歳だし。多少あれなところはあるけど、敷島さんの下ネタに突っ込みを入れるくらいの常識は持っているし。
「……うん、そうしよう」
とりあえず、お風呂から上がったら浦佐にラインしないと。
そう決めた、夏の夜のひとときだった。
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