第26話 シスコン疑惑浮上
十五分後。きちんと服を着た僕ら兄妹と、未だに美穂のことをその手の「お姉さん」だと思い込んでいる廃人ゲーマー二人組とがテーブルに向かい合った。
「……いや、その……悪かったとは思ってるよ? はっちーも男だもんな? たまには溜まったもん発散したときもあるよな?」
しばらくの間、気まずそうに押し黙っていた僕らだけど、敷島さんが膠着状態を切り開いた。
「断じて違いますから」
「……お兄ちゃん? 溜まったものって何?」
「「おっ、お兄ちゃん呼びさせてる……?」」
もうやめて、ただでさえ拗れているのにこれ以上事態をややこしいことにしないで。
「あの、ちゃんと説明するんで、三人とも少しの間黙ってもらっていいですか?」
「……はっちー? もしかしてガチ恋してた……?」
「だから黙れって言ってるだろあんたの家のゲーム機ハンマーでたたき割るぞ」
「ひぃぃ、はっちーがキレてる」
「そんなドッキリ動画作ってる動画主さんいたっすねえ」
だあああ、もう。もう埒が明かないから言ってしまおう。こいつら真面目に人の話を聞くって文化が育っちゃいない。
「この子は、僕の妹です。実妹です。断じて、そういうお店の人ではないです」
「「……じっ、実妹だと……?」」
すると、僕の説明に目を見開いたふたりは、パチクリと目を何度か瞬きさせながら、美穂のことをまじまじと見つめる。
「……え? 妹? 姉の間違いじゃなくて? はっちー」
「……え」
まじで? まじで言ってる敷島さん。だとしたら、僕、相当ショックだよ……? 八つ年下の妹を姉と間違えられるこの感覚、なんだこの敗北感は……。
「いや、妹です。八色美穂、今中学二年生の十四歳で、普段は実家に住んでるんです」
「ちゅっ、中二⁉」
今度は浦佐が突然立ち上がっては、さっき以上に力強い目で美穂のことを視線に捉える。
「……ほ、本当に中学二年生なんすか……? 妹さん……」
「は、はい。中学二年生です、私」
疑う浦佐を目の当たりにした美穂は、持ち歩いていた中学校の生徒手帳をおずおずとテーブルの上に差し出す。それを見た浦佐は、
「……そ、そんな、嘘っすよ……。中二で、その身長なんて……嘘っす、嘘っす、嘘っす……」
愕然とした様子で両手両膝を床について、絶望の言葉を口から漏らしている。……いやまあ、気持ちはわかるよ……。妹に身長ほぼ並ばれた兄の気持ちも、厳密には違うけど、今の浦佐の感情と似たものがあると思う。
「お兄ちゃん、なんでこんなにショック受けているの?」
純粋な眼差しで僕に質問する美穂。ああ、どう答えたって浦佐を傷つける結末にしかならないけど、もうどうだっていいや。
「……色々あるんだよ、人間って」
「うっ、うっ……十九年生きて身長百四〇センチも育たなかったのに、センパイの妹さんは十四年でセンパイと同じくらいまで育つなんて……不公平っす、理不尽っす」
「…………。それで、このさっきからなんか変なこと口走っている人が敷島初音さん。僕よりいっこ年上。で、現在進行形で悲嘆に暮れているのが浦佐操さん。……こう見えても大学一年生の十九歳だそうで」
「こう見えてもってなんすかこう見えてもって! うう、センパイがいじめるっすよおお」
「……えーとそのなんだ。敷島さんが僕のお隣に住んでいて、その敷島さんの友達が浦佐で、まあなんか色々わけあってお知り合いになっている、って感じでして……はい。ただの知人です」
ひとまず、双方にそれぞれの紹介をしてあげると、僕が廃人ゲーマーずふたりを知人と紹介したことに美穂は満足したのか、目の前に人がいるというのに、
「くふふ、そうだよねー、お兄ちゃんに彼女なんて必要ないよねー、えへへー」
いつも実家でしているような頬ずりをし始めるではないか。
「ちょっ、美穂っ、人がいるからっ」
「えー? いいでしょ? だって久し振りのお兄ちゃんなんだもんー」
「「ほっ、頬ずり、だと……?」」
当然、敷島さんと浦佐のふたりは、ポカンと口を半開きにして、妹の戯れの様子をご覧になっている。
「へへ、お兄ちゃん、だーいすき」
「「だ、だーいすき……だと……?」」
「おい浦佐ちょっと待てはっちーにこんな最近アニメでも見ないだろってくらいコテコテの妹がいるなんて聞いてないぞ」「そんなの自分もっすよっていうか身長わけて欲しいっす」「それは無理だと思うけど、はっちーに彼女いない気配がしてたのってもしや」
「「……重度のシスコンなのか(なんすか)?」」
……いや、違うから。僕はシスコンじゃないから。
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