第25話 ピンチの次にピンチあり

 その後、どうなったかと言うと、美穂の押しに屈した僕は、内心「トホホ……」としつつ台所で渋々お風呂に入るために服を脱いでいた。……まあ、当然だけど美穂も脱いでいるわけで。


 まあ、色々突っ込みどころはあるんだけどね、うん。いや、まずはお前妹いたの? ってことと、妹とお風呂入ってたの? ってこと。これに関してはもはや動きようのない事実なので、言いわけする余地はない。……記憶にございません、っていう魔法の言葉は使えるかもしれない。……それはそれで美穂が「お兄ちゃん、私のこと忘れちゃったの?」と涙目浮かべて抗議してきそうだから無理か。


 でも、中学二年生になった今もまさか一緒にお風呂に入るのを要求するとは思わなかった。……四年前はまだ小学生だったから、そんなに気にしなくてよかったものの。


「……あの、ほんとに一緒にお風呂入るの?」

 十四歳ともなればそら身体に変化をきたす時期なわけでして。

「なに言っているの? お兄ちゃん。当然だよ当然っ」


 僕を目の前にしてもタオルで隠すなどといったことは一切せず、すっぽんぽんの柔肌を恥ずかしげもなく僕に見せる美穂。


 想像はついていたけど多少なりとも女の子らしい部分が大きくなっているし、産毛とかそういうレベルではないあれがうっすらと目に入って、目を覆いたくなった。

 大丈夫? 僕、おまわりさんに捕まらないよね? 兄妹ならセーフだよね、セーフ。


 キリキリと胃が音を立てて軋むのを感じた瞬間、すぐ目の前にある玄関先から人の話し声がするのが聞こえた。


「センパイ、いるっすかねえー」

「いるいる、基本はっちーもインドアヒキニートみたいな節があるからな。どうせ官能小説でも読んでニヤニヤしているよ」


 ……あの、僕のいないところで勝手なこと言うのやめてもらっていいですか? 確かに昔のエロ小説とか授業で読まされることはあったけど、現代のは買ってないからね? マジで。


 って、そういう問題じゃなくてええええ!

 ピンポーン。


「……あれ? 出ないなあ。さっきまで話し声聞こえてたから、てっきり家にいるもんだと思ってたんだけどなあはっちー」

「初音ちゃん、鍵、開いてないっすか?」

「あ、ほんとだ、鍵開くぞ。不用心だなあ」

「初音ちゃんには言われたくないと思うっすよ」


 えっ、かっ、鍵っ? かけてなかったの僕?

 みぐるみ一枚もない僕は、慌てて玄関の鍵に目をやるけど、残念ながらそこは横向きではなく縦向き。

 解錠された状態だ。


「? お兄ちゃん、お客さん?」

 やばい! こんなところ(年下の女の子と一緒にお風呂に入ろうとしている)見られたらほんとに僕の人生が詰む!


「みっ、美穂っ、ちょっ先にお風呂入ってて!」

 急いで美穂の背中を押して浴室に押し込み、置いておいたタオルを手に取ってせめて局部だけでも隠そうとしたのだけど、時すでに遅し。


「センパイ、お邪魔するっすー」「はっちー、ゲームしよーぜー」

「「…………。お取込み中、失礼したっす(しました)」」


 瞬間、僕ら四人の視線が、否応なく交じりあった。物理の実験かってくらい、綺麗に一点で交差してたと思うよ。

「ちょっ、待って! これには事情があってっ!」

「……はっちーもやっぱり男だったかあ。彼女できないからって、デリヘル呼ぶとはなあ……」


 そして、十四歳の美穂がデリヘルと思われていることがまた複雑だよ。っていうか、美穂の前でそんな単語使わないでくれええ……。


「デリヘルってなんすか? 初音ちゃん」

「……おう、見た目に違わず純粋だったな、浦佐」

「むう、今自分の見た目は関係ないじゃないっすか」

「あとはっちー。言い訳は聞いてやらんこともないけど、とりあえず、服着てくんない? さっきから隠しきれてないぞ? はっちーのイチモツ」


「へっ? イチモツ……? ぎゃあああああああああ! センパイの露出狂おおおおお!」

 ……ああ、詰んだよ、これは詰んだ。もちろんこのふたりに現場を押さえられたこともそうだけど、


「……お兄ちゃん? この人たちとは、どういう関係なの……?」

 現在進行形でなんかメラメラと瞳の奥に炎を燃やしているブラコンな妹についても、僕は詰んでいるよ。


 カラン、と、まだフタを開けてもいない胃薬の瓶のなかで錠剤が跳ねる音が、幻聴として聞こえてきた気がした。

 ……今日が命日にならないと、いいなあ。

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