第24話 夏の風物詩、それは妹です。
〇
浦佐のお買い物に付き合ってあげてから数日。世間一般にはお盆と呼ばれる時期にさしかかっていた。
「……ああ、暑いなあ……」
例によって部屋で本を読んでいた僕は、シャツとパンツそれぞれ一枚ずつという完璧ぐうたらスタイルで東京の蒸し暑さに耐えていた。まあ、誰も来ないし、来たところでせいぜい浦佐か敷島さんくらいだ。来たら来たで適当なズボンを履けばいいだけの話。
それに、今日に関しては、
「ぎゃあああああ! なんでそのタイミングでかみなり落とすんすかああああ!」
「ふははは! これが年上の力よお!」
浦佐は敷島さんとゲームをしているみたいだから、僕の部屋に来ることは恐らくないだろう。……にしても、騒ぎすぎだろあのゲーマーふたり。
ふと、スマホの時計をチラッと確認すると、午後の四時。
「……今晩何にしようかな……。暑いし、適当にそうめん茹でるくらいでいいかなあ……」
それだけだと豪快に夏バテしそうだから、スーパーで出来あいの総菜なんか買って、それで済ませよう……。今日は自炊なし、うん、それでいい。
頭のなかで今日の晩ご飯の予定を立てきり、再び意識を手にしている文庫本のなかに沈めようとしたその瞬間。
ピンポーン。
玄関からインターホンが鳴り響いた。
「……? 誰だ? 浦佐たちは今ゲームしてるし」
……大学の友達が遊びに来る約束はしていない。となると宅配便か? 何か通販で注文した覚えはないけど……。
ピンポーン。
「やばやばっ、はーい、今行きまーす」
二度目のベルに慌てて短パンを履きTシャツを被った僕は、なんとか人前に出られる格好にする。
「すみませーん、お待たせしましたー……って」
玄関脇に常備しているシャチハタを右手にドアを開けると、そこにいたのは宅配便のいつものお兄さんではなく、かといってノンアポでやって来た無礼な友人でもなく、
「あ、お兄ちゃん、久しぶりー。来ちゃった」
なんか色々大荷物を持った、今年で中学二年生になる僕の妹が満面の笑みを浮かべて立っていた。
「……え、な、なんでここに……?」
「なんでって。お兄ちゃんに会いに来たんだよ?」
「──あ、もしもしお母さん? 今僕の家に美穂が来ているんだけど……え? 夏休み中は僕の家にずっといるの? いやっ、そんな急に言われてもっ。……ま、まあ、お盆に実家帰らないのは僕が悪いけど……。うん、うん、はい。……わ、わかりました……はーい」
実家に住んでいるはずの美穂が今目の前に現れたことを受けて、僕は緊急連絡と言わんばかりに母親に鬼電をかけた。三回目でようやく出てくれて、そこで貰った回答は、
ひとつ、僕がお盆に実家に帰らないことで、美穂がじゃあ私のほうからお兄ちゃんのところに行く、と言い出したこと。
ふたつ、父親は全力でそれを止めたが、行かせてくれなければ今後一切口を利かないことを材料に脅されたことにより、渋々承諾したこと。
みっつ、僕がなかなか実家に帰らなかったことに美穂はかなり拗ねていた模様。
以上の三点だった。
「……く、来るなら来るで連絡くれればいいのに……」
「だって、お兄ちゃんびっくりさせたかったんだもん」
部屋のテーブルに向かい合わずに、しっかり定位置の僕の真横に座る美穂。見ろ、この汚れのない綺麗な笑みを。これで中学二年生だと言うのだから驚きだ。
「っていうか……身長伸びた? 僕と目線ほぼ同じくらいだった気がするんだけど……」
「うん、中学校入ってから一気に伸びたよー?」
……悲しいやら嬉しいやら。妹の成長を素直に喜べない兄の心境。
「それより、ちょっと移動で汗かいちゃったんだ。お風呂入ってもいい?」
「……いいよ。別に」
「あっ、お兄ちゃんも一緒に入るよね? 久しぶりに洗いっこしようよ?」
……僕が、どこか妹の来訪にテンションが低めだったのは、つまりはこういうことだ。
「いいでしょ? ね? ね? お兄ちゃん」
この妹、僕が実家を出るときもそうだったんだけど。
……重度のブラコンなんだ。ええ。それは、思春期真っ盛りの中学二年生になっても変わらなかったみたいで。
なまじっか身体は大人に近づいているから辛いものがある。これは。
いや、断じて僕はシスコンではない。シスコンではないんだけど。
……大丈夫かなあ……これからの夏休み。
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