第23話 ゆっくりと、少しずつ

「それじゃ、お邪魔しました」

 一度近くのコンビニにアイスを買いに行ってから、もぐもぐと浦佐の奢りで食べさせてもらっている今日のお駄賃を味わい、僕は彼女の家を後にした。


「今日はどうもっす。またそのうち遊びに行くっす」

「……敷島さんの家にだよね?」

「? ゲームするだけだったらセンパイの家でも十分っすよ?」

「……おう。そうかい」


 まあ、今日みたいにいきなり荷物運び付き合えとか、買い物行こうとかじゃなければいい気もしてきた……。いや、それは単に僕が毒されているだけなのかなあ……。

「じゃ、じゃあまた今度、っていうことで」


 ……今までの夏休みとか春休みだと、バイトしてるか家で本読むだけかの二択だったけど、今年の夏休みは浦佐に絡まれるというか……なんというか……。


 別に、それが嫌なわけではないんだけど。

 少しずつ、彼女の存在が、僕の日常に当たり前のように溶け込んでいた。


 〇


 太地センパイが帰ってから、妙にふわふわした気持ちを抱きながらゲームをしていた。

 心臓のあたりがむず痒いというか、皮膚の内側がなんか疼くというか。


「なんなんすかねえ、この感じ」

 大学進学に際して借りたワンルームの部屋、実家から持ってきた椅子の背もたれに深くもたれながら、か細くため息をついて一瞬宙を見上げる。


 両手に持っているゲーム機からは、荘厳な雰囲気漂うBGMが流れていて、ボーっとしすぎていると狩りの途中のモンスターの唸り声が響き渡って自分のキャラがダメージを受けるSEがポツポツ飛んでくる。


「おおっと、いけないいけないっす」

 慌てて視線を画面に戻して、とりあえず操作は再開するけど、意識は未だどこか上の空。

 口ではいけないって言っているのに、別のことを考えているのは、それはそれで滑稽だ。


「……んー、なんなんだろうなあ……」

 今まで抱いたことがない感覚だったので、わけがわからないまま自分はくるくると椅子を回転させる。もちろん、その行動に意味なんてない。


 あまりにもくるくるさせ過ぎたので、

「うう……目が回ったっすぅぅ……」

 当然、一分くらいたてば三半規管が限界に達して、視界がぐにゃぐにゃ蚊取り線香みたいに歪んで、たまらず椅子から転げ落ちて床に両手両足をついて四つん這いの形を取る。


 次のタイミング、

「ああっ! そんなっ、ヒットポイントがっ」

 自分がまともにゲームを操作していない間に、敵モンスターの攻撃が何回もヒットしたみたいで、視界が正常に戻ったときにはちょうど操作キャラが戦闘不能になって倒れていた。とどめは、弓矢を象ったモンスターの口から出るビーム。


「……うう、ゲーム中に目を回すものじゃないっす」

 最初の村にポップさせられたのを見て、自分はため息とともに、そっとゲーム機をスリープモードにして、机に置いておいたスマホに手を取る。


「はぁ……。わからないままなのも気持ち悪いっすし、この手の話題に詳しそうな円ちゃんにでも聞いてみるっすか」

 ホーム画面からラインを呼び出して、ここ最近「仕事」のやりとりの履歴が残っている昔のバイトの同僚かつ、同い年の友達の円ちゃんに、手早くメッセージを送る。


うらさ:イラストの進捗はどうっすかー?

いの まどか:どっ、どうしたの? そんなこと聞いてくるなんて珍しいね……?


うらさ:いやいや、ちょっと聞きたいことがあって

うらさ:なんか、心臓のあたりがむず痒くなったことってあるっすか?

うらさ:色々ヘンタイさんな円ちゃんなら、知ってるかなーって思って


 自分がそう送ると、一瞬、既読だけついて返信が止まってしまう。

「……あれ、もしかしてヘンタイさんって言ったら傷ついた? でも、そんなことで傷つくのが不思議なくらい普段からヘンタイさんだしなあ……」


 イラストの打ち合わせとかしてるときでもよさげな男同士のカップリングを見つけるなり、鼻血を垂らして妄想に浸るような子っすし……円ちゃん。


いの まどか:ど、どうなんだろうね(-_-;)

いの まどか:私は漫画で読んだことしかないから、よくわからないや<(_ _)>

いの まどか:それって、男の人と何かあって?


うらさ:そうっすよー

いの まどか:じゃあ、そのうちわかるんじゃないかな……? 多分だけど


「……よくわからないのにそのうちわかるんじゃないかな、って、円ちゃん、どうかしたんすかねー」


 まあ、いっか。円ちゃんから聞けないんだったら、自分の周りにわかりそうな人いないっすからね。一旦放置して温めておいたほうがいいかもしれないっす。そうに違いない。

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