第21話 支払うのは浦佐のほうです

「いやー、電車のなか出ると物凄く暑いっすねー。焼け死んじゃいそうっすよー」

「……浦佐が周りの人にとって意味ありげなことを大きな声で話すから、さっさと電車降りなくいけなくなったんじゃん……」


 秋葉原の電気街口から出て、真っ先にそんな会話をする僕らふたり。とてとてマイペースに歩く浦佐の背中を、ややげんなりして僕は追う。

 ……あのまま電車に乗ってたら、間違いなく痛々しい周囲の視線に僕は殺されていたに違いない。あれが民意の恐ろしさか……。一瞬で潰れそうだよあんなの……。


「え? そんな自分変なこと言ってたっすっか? 強くしたら痛いと、夜遅かったから寝不足ってくらいっすよね?」

「ちょ、おいっ」

 すると、浦佐はまた特に声を潜めるまでもなく平然とそんなことを口にするものだから。


 道行くチェックのワイシャツインのオタクからメイド喫茶の客引きのお姉さん、友達同士でお買い物中の若い女性たちから、「やばい人かも」という目を向けられる。


 なーんで二度も同じこと繰り返し言っちゃうかなああ! そんな古文の「〱」じゃないんだから。今令和の時代だから、お願いしますって浦佐……。


「……だ、大学生はなー、そういうもんだもんなー。夏休み入ったら昼夜逆転するよなーあはははー」

「? どうしたっすか? センパイ、急にわざとらしく大きな声で話して」

 誰のせいだと思っているんだこのちびっ子め。


「……いいから気にしないで。っていうか、どこの店で買うんだよ」

「そこのお店っすよ?」

 浦佐が指さしたのは、横断歩道の先にある全国各地に展開している大型家電量販店。


「じゃあ早く行こう。このままだと暑くてやってられない」

 本音は、これ以上外にいて僕がロリコン扱いされるのに耐えきれない、っていうのもあるけど。


「それもそうっすねー。あっ、信号青になったっすよー」

 ……ああ、なんで買い物するだけでこんな胃がキリキリしなきゃいけないんだ。

 心のなかで涙を流しつつ、僕は冷房の効いた店内へと足を踏み入れた。


 浦佐はもう既に買うものの目星はつけているみたいで、案外あっさりと買い物は済ませてくれた。

 まあ、ゲーム機に関しては選ぶ要素がせいぜい色と容量くらいらしいし、モニターに関しては下調べしてから来ているみたいだったし。


 ただ、面白かったのは、ゲーム機もモニターもどっちもだったのだけど、会計は浦佐が行った。当然だけど。その際、浦佐はクレジットカードを使って支払いをしたけど、そのとき店員さんが、まず浦佐の財布からカードが出されたことに二度見して、次に僕と浦佐のことを交互にまじまじと見つめて、最後に「か、回数はいかがしますか」と聞いてきた。


 店員さんの反応に、浦佐は若干ムッとした表情を浮かべてはいたが、そこで何か文句を言うほど幼いわけではなく、淡々とふたつの会計を終わらせた。


「あ、最後にちょっとだけゲームソフト見て行っていいっすか?」

 僕がモニター、浦佐がゲーム機を持つことにして、案外あっさり買い物は終わるのかなと思うと、ゲーマーのちびっ子は空いている左手を縦に合わせて、そうお願いする。


「やっぱり実店舗の棚見ると、面白そうなゲーム見つかるっすし」

 ……ああ、それはなんとなくわかる気がする。本買うときも、ネットで取り寄せだけだと、自分の守備範囲の本しか買わなくなってしまうし、予想外の本との出会いはなくなってしまう。そういう魅力は、実店舗ならではというのも理解はできる。


「別にいいよ。涼しいし」

「やったっすー。じゃあ、その間、これも頼むっす」

 僕が首を縦に振ると、浦佐は手にしていたゲーム機の入った紙袋を僕に押しつけて、ゲームソフトの棚へと小走りで向かって行く。


「えっ、あっ……」

「ふふふ~ん♪ ふふふ~ん♪」

 鼻歌混じりにゲームソフトが並ぶ棚を楽しそうに眺める浦佐の姿を見ると、出かかった言葉は飲み込まれた。

「……はぁ、仕方ないな。ったく」


 浦佐は言った通り、十五分くらい売り場を回って、僕のところに戻ってきた。

「どうもっすー。じゃあ、そのまま家に運ぶっすよー」

「……ちなみに、家はここからどれくらいで?」


「電車で十分くらいっす。駅からも徒歩五分くらいっすから、そんなに遠くないっすよ」

「そっか。まあ、それならすぐだね」


 そうして、僕と浦佐は再び電車に乗り、ゲーム機とモニターを浦佐の家に運ぶ作業を始めたわけなんだけど。


「……お、お邪魔しまーす」

 到着した浦佐宅。まず目の前に広がったのは、本棚にズラッと並んだゲームソフトの数々。


「……こ、ここはショップか何かか」

 言わずにはいられない、お部屋だった。

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