第20話 濃ゆい人生
「……支度、終わったけど」
「あっ、終わったっすっかー? じゃ、行くっすかー」
ベッドの上、足を後ろにパタパタさせつつゲームをしていた浦佐は、ひょいと立ち上がって持っていた携帯ゲーム機をリュックに背負った。
僕と浦佐は、夏の陽射しが強く差し込む外に出て、駅へと歩き出す。
「それにしても、暑いっすねー」
半袖のTシャツに膝までの長さのデニムという恐ろしいほどラフな格好で、端から見れば兄妹が出かけているようにしか見えないだろう。
それがどうってわけではないんだけど。
「……まあ、夏だしね」
これがデートだと言うのならば、回答としては零点だろうけど、なんせ隣にいるのは浦佐だ。そんなことを気にする余地もないし、浦佐も、
「あはは、なんすか、適当な返事っすねー」
と、逆に笑っているし。
駅につき改札を抜け、タイミング良くやって来た快速電車に乗り込む。ちょうど空いていた座席に二人並んで座ると、浦佐は膝の上に抱えていたリュックから再びゲーム機を取り出す。
……じゃあ、僕も本読みますね。あなたがそうするなら。
と思い、カバンから文庫本を引っ張り出すと、
「そういえば、センパイはゲームやらないんすか? 家に何にもないっすけど」
浦佐はゲームをしながら僕に話しかける。
「……僕はやらないかな。友達の家に行ったら、くらいだし」
「そうなんすねー」
「それに、……正直、本にお金がどんどん溶けていくから、ゲーム買うお金ないっていうのもある」
「ああ、それはわかるっすよー。自分も気がついたらバイトの給料全部使い切って、電気代節約するために、友達の家に泊まらせてもらったことあるっすし」
「……え? 電気代? もしかして、家賃とか水道光熱費自分で払ってるの?」
親元は出ているんだろうなってことは想像がついたけど、まさかそこまで?
「そうっすよー? 自分、実家東京っすから。大学通うのに部屋借りる必要、ほんとはないっすからねー」
「……な、なぜにそんなハードモードな生活を」
僕がそう尋ねると、浦佐は視線だけこちらに向け(なお、指はきっちりとボタンを叩いている)、
「んー、ゲーム実況をいつでも気兼ねなく録画するため、っすかね。なんせ騒ぐことが多いっすから、親がいるとその辺気を使わないとっすし、ひとり暮らしなら気兼ねなくできるっすしねー」
あっさりとした口調で説明してくれた。視線を外しても正確にプレイできるあたり、さすが実況者、と言ったところだろうか。
……動画配信者って聞いたときも驚いたけど、今の話もかなりのびっくり案件だ。
「ほんとは大学行くつもりもなかったんすけどねー。親と大喧嘩して、仕方ないんで大学は通ってるんすよ。ひとり暮らしも、してもいいけど、お金は自分で出すって約束なんで」
「……そ、それはまた、濃ゆい人生を」
なんだろう、急に隣に座っているちびっ子が大人に見えてきた。なんだったら、僕より人生の機微を知っているまであるのではないかとすら、思えてくる。
「……自分で選んだことっすからねー。楽しんでるっすから、まあアリっすよ、こういう生活も」
「……へ、へー。……本人が満足しているなら、いいんじゃない……?」
会話はそこで途切れて、電車はやがて御茶ノ水駅に到着。
「ほら、浦佐降りるぞ」
「ああっ、今いいところなんすよー、ぎゃあああああ」
ドアが開いてもゲーム機に夢中だったので、僕は浦佐の首根っこ掴んで隣のホームの各駅停車に移る。
……乗客の生温かい視線は、多分本当に兄妹を見る目だったと思う。大学生と、小学生の。
「ひどいっすよ、センパイー。あんなに強くしたら痛いじゃないっすかー」
乗り換え先の電車で、浦佐はブーブー文句を言う。
「ふぁーあ……」
挙句の果てに、なぜかこんなタイミングで大きな欠伸を出す。
「……昨夜も遅かったっすから、寝不足なんすよねー」
……ちょっと待って。生温かい視線から、妙に痛々しい視線が飛んできているような。
あ。
「ちょ、浦佐。……黙ろうか」
「え? どうしてっすか? センパイ」
「……余計な誤解を招くからだよ」
ちょ、やめて、通報しないでください。僕は無実です。秋葉原で降りるんで、許して。
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