第19話 深く狭く

「お願いっすよー。自分ひとりじゃゲーム機本体とモニターのふたつなんて持って帰れないんすよー」

 結局、玄関先でごたごたしても迷惑になるだけなので、渋々浦佐を中に入れることにした。ちゃっかりベッドに腰かけた浦佐は両足をパタせかせつつ、冷蔵庫にあったコーラを我が物顔で飲んでいる。


 ……とてもじゃないけど人に何かを頼む態度ではないと思うんだけど。


「……通販とか配送とか色々あるだろ? それ使えばいいじゃん」

「いやー、この手の配送にはちょっと嫌な思い出がありまして」

「……?」


「今使っているモニターは、配送で頼んだんすけど、何かの手違いで、配達希望日から三日遅れて届いたんすよねー。その間ゲームろくにできなくてしんどい思いをしたっすから、機材に関しては自分の足で買うって決めてるっす」


 ……ああ、はい。たまによくある事故に遭われたのですね。そこらへんのポリシーをどうこう言うつもりはないけどさ……。


「それはいいんだけど、なんで手伝うのが僕なわけ……? 他にいないの? 友達とか」

「いやあ、自慢じゃないっすけど、自分そんなに友達いないっすからねー。大学内の友達と言えば初音ちゃんくらいっすよ。バイト先の人たちもシフト入っていて忙しいっすからね。そこで太地センパイにお鉢が回ってきたっす」


 聞いていて悲しくなるようなことを言うな。……この子、友達まで捨ててゲームに全振りしているというのか……。いや、辞めたバイトの同僚の子とはイラストの仕事任せるって言ってたし、深く狭くの人付き合いをしているのかもしれないけど……。


「……じゃあ敷島さんでよくない?」

 最後の抵抗と言わんばかりに、僕は疑問を投げかけるけど、


「逆に聞くっすけど。あの昼夜逆転が当たり前の初音ちゃんが、こんな時間に起きていて、しかもこの真夏のなか重たい荷物を運んでくれって頼んで、頷いてくれると思うっすか?」

「……ごめん、僕が間違っていた」

 あの敷島さんがそんな優しいことしてくれるはずがないよね。うん。


「そういうわけっす」

 ええ……、でも、今気温何度だ? 軽く三十度は超えているよなあ……。そんななか、重たい荷物持って歩くの……嫌だなあ……普通に。仕事じゃなければやりたくない。


「うーん……」

 僕がそんなことをダラダラ頭の内で考えながら唸っていると、


「……うっ、うっ……わかったっすよ、この真夏のコンクリートジャングルのなか、右手に新型ゲームハード、左手にモニターを持って、歩けって言うんすね……うっ、うう……」

 わざとらしくバレバレな嘘泣きをし始めるではないか。いや、本人もバレるってわかった上でやっているのだろうけど。


「わかった、わかったよ付き合う、付き合うから」

 正直、僕が首を縦に振るまで粘るだろうし、そうなるとどのしろ家で本は読めない。

 それなら、さっさとうんと頷いたほうがよほど建設的だ。


「わーい、やったすー、センパイは優しいっすねー」

 そう答えると、やはり堂々とした嘘泣きだったようで、途端に表情をにこやかにさせて、両手両足をバンザイさせて大喜びする浦佐。


「……それで? 買い物はどこでするの?」

「秋葉原っすよー。自分の家に近いっすからねー」

 ……僕にとってはまあまあ遠いよ。一度乗り換えないといけないし。

 いや、いい。一度いいよと言ったことをひっくり返すのはよくない。


「……ほんとにアイス奢ってくれるんだよね?」

「いいっすよー。ゴリゴリ君でいいっすか?」

「……安くない?」

「むー、センパイは欲張りっすねー」


 欲張りなの? これって欲張りなの? 僕の手伝いの対価って百円ぽっちなの? 千円も寄越せとかは言わないけど、せめてもうちょいプレミアム感が欲しいというか……。


「仕方ないっすねー。じゃあハアゲンダッツでいいっすよ」

 ……急に豪華になった。


「じゃあ、それでお願い。で? もう出かけるの?」

 浦佐の気が変わってお駄賃ハアゲンでなくなる前に、僕はすっと立ち上がり、出かける準備を始める。


「はいっす。早ければ早いほどいいっすけど」

「オッケ。十五分待って」

「四十秒で支度していいっすよ」

「……それはさすがに無理」

 三分間だとしても、多分終わらないと思う。


「仕方ないっすねー。じゃあ、その間自分はゲームでもしてるっすから、支度終わったら声掛けてくださいっすー」


 僕がクローゼットを開けて外向きの服を探している間に、浦佐はベッドに寝転がって、持ってきていた携帯ゲーム機をピコピコし始めた。……ほんと、マイペースな奴。

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