第17話 花よりゲーム
さて、二日酔いのときというのは得てして何もする気が起きないもので、ただただ昨日の愚行を呪いながら僕は地べたに、浦佐はベッドに横になって、ひたすら頭痛から解放されるのを待っていた。
三十分もしないうちに、浦佐は再び寝落ちてしまったようで、規則正しい寝息がうつ伏せになった僕の頭上から降ってきた。
……普段からどれだけ寝不足な生活を過ごしているんだ、こいつは……。
「っていうか、寝られるの羨ましい……」
などと、半分恨み言に近いように、ひとりごとを呟くと、それに呼応したのか、
「いでっ」
ポスっ、とベッドの方向から寝返りを打った浦佐が僕の背中に落ちてきた。
「……ああっ、……そこで青こうらは反則っすぅ……すぅ、すぅ……」
しかも落ちたにも関わらず寝たままかい。……眠り深いんだな……。って、そんなことはさて置いて。
いくら小柄とは言え、背中に張り付かれたままではもともと重い頭に加えて人ひとり分の体重がのしかかるわけで。
これじゃ仮に僕に眠気が訪れたとしても、意識を闇に沈めることはできない。泥船と一緒に沈むことならできそうだけど。
それに、なかなかにただならない状況でもあるので、こんなところを誰かに見られようものなら──まあ、見られて困る相手なんてそうそういないんだけど、
パシャ。
「……はい?」
突如聞こえたスマホのシャッター音に、僕は反応する。
「いやー、昨日帰ったまま鍵開いてたからさー。不用心だなあって思ったら、まさか浦佐とこんなことしているなんてねえ。面白そうだから写真撮っておいた。どっちにとっても弱みになりそうだし」
背中に浦佐が寝っ転がるなか、少ししか上がらない顔を上げて視界を確認すると、ニヤついた顔の敷島さんが。
「……弱みって」
「んー、はっちーの場合はこれを警察に持って行ったら社会的に立場がなくなりそうだなーって。内定も取り消しになるんじゃね? ロリコンで」
「……四割くらいあり得そうな未来を提示するのやめてもらっていいですか」
「浦佐はまあ……普通にはっちーにこんなことしているって証拠を突きつけるだけで私は気分いいし、慌てたりして面白そう」
「……どうなんでしょう。そこらへんサバサバしてそうですけど、この子」
浦佐が恋だの愛だの言う姿が想像できない。短い付き合いだけども。文字通り、花より団子、って感じ。
「んー、まあ確かになー。配信でリスナーから下ネタ振られても全然素っ気ない反応だし。興味ないまでありそうだな。エロゲ―も全然やってくれないし」
「……そうですか、へー」
「はっちー、エロゲ―やろーよー、私とあの神シナリオの感動を共有しよーよー、あとどこが一番抜けたか教えてくれよー」
「……全年齢版なら考えてもいいですが。あと最後の質問には絶対には答えませんええ」
逆に敷島さんはなんか性に対して緩すぎる気がする。いや、貞操が、という意味ではなく、なんか、普通の趣味として楽しんでいる節が、あるような。
「ま、とにもかくにも、このちびっ子はゲームと腹満たすことくらいしか考えてない奴ってことは確かかもなー」
そう言って、敷島さんは僕の冷蔵庫を勝手に開けて、残っていたオレンジジュースをゴクゴクと飲み干す。
「……あの、っていうか何しに来たんですか? 敷島さん」
「え? いや、単純に浦佐がまだいるなら着替えとか持ってきてやろーかなーって思って」
「……思ったより普通な理由で僕はビックリしています」
二日酔いに苦しんでいる僕を煽りに来た、とか平気で言い出しそうだし。っていうか敷島さんはやっぱり酒強かったんですね。二度と付き合いません僕は。酒は自分のペースで飲むものだ、ほんとに。
「んんん……なんか床がごつごつするっす……んー、あれっ?」
なんてお話をしていると、僕の背中の上で寝ていた浦佐は、もぞもぞと起き上がって、
「なんで太地センパイ、自分の下に寝っ転がってるんすか? 実はドMっすか?」
普通にイラっとするようなことを言ってのける。
「……なんでだろうね、僕も知りたいよ」
しかし、そんな僕のことは知らないとばかりに時計を見た浦佐は、急に慌てだす。
「ああっ、もうこんな時間っすか? そろそろ自分出かけないといけないんすよっ」
「あれ、今日はバイト休みだろ? 何か用事あったのか?」
「チャンネルアイコン描いてくれてる昔のバイトの友達と、今日打ち合わせするんすよー、新しいエンドカードのラフ確認も兼ねて」
「何時にどこで?」「午後二時に新宿っすー」
……おう。今は、もう正午くらいだね。
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