第16話 毎朝君の味噌汁を飲みたい
ただ、それだけで悲劇が終わればよかったのだけど、そうはいってくれないのが現実って奴で。
そもそも論、僕が二日酔いで頭痛いくらいに飲んでしまったんだ。飲んじまった浦佐はどうなったかというと……、
「……ぅぅ……おはようっすセンパイ……なんなんすか、この何とも言えない気持ち悪さは……うげえええ……」
朝九時。朝から気力を振り絞ってカタコトと作ったしじみの味噌汁をすすっていると、朝の挨拶とともにそんな悲鳴がベッドから聞こえてきた。
「……っていうか、自分、昨夜の記憶途中からすっぽり抜けているんすけど、何があったんすか……」
なるほど、浦佐は酔っ払うと記憶がなくなるタイプの人種か。……そらいい能力をお持ちのようで。皮肉とかではなく。
しかしまあ、嘘をつく必要性も皆無な状況だし、逆にどういう説明で浦佐が僕の部屋で寝泊まりしたってことを納得させるんだって話でもある。
「……浦佐、その気持ち悪さと頭痛と吐き気と頭痛は、二日酔いって奴だよ」
「センパイ、頭痛がダブってるっす」
……仕方ないだろ。現在進行形で頭がガンガン言っているんだから。
「え。……っていうことは、昨日自分、酒飲んじゃったんすか?」
ちょこんとシーツの上に座る浦佐。顔色は死んでいるし、心なしかいつもよりさらにちっちゃく見える。こんなこと言うと怒られそうだけど。
「……多分。僕が間違えて浦佐のコップに酒を注いで、それを浦佐が飲んでしまったのではないかと思っております。っていうか、それしか可能性がないです……」
「……ふーん、そうなんすねー。事故っすか、事故」
物分かりが良くて助かります。二日酔いなうなので、あまり説明したくない。……ああ、しじみの味噌汁効く……。
「初音ちゃんはどうしたんすか?」
「酔っ払いふたりの相手はしたくないって言って、早々と自分の部屋に逃げた」
「ひどい人っすね」
バッサリ。清々しいほどバッサリいった。
「……ところでセンパイ」
「……ん? 何?」
「……吐いていいっすか? さっきからなんか逆流しそうで気持ち悪いっす」
「……トイレなら台所入って右。風呂場の隣。敷島さんの部屋と多分同じ作りだから」
「どうもっす……うげええ、気持ち悪いいいい……」
普段はひょこひょこ効果音を出しながら軽快に歩く浦佐も、このときばかりはのっそのっそ身体を左右にふらつかせながらトイレに急いでいた。
数秒後。ドア越しに「うげええええええ」というこの世の終わりみたいな声が聞こえてきたのは、さすがに驚いたけど。
……っていうか女子大生。もうちょい吐きかたってのもあるだろ。僕でもそんな声あげながら吐かないぞ。
五分くらいして、トイレから浦佐が出て来て、僕が飲んでいる味噌汁に興味を示す。
「……なんすか、それ」
「……しじみの味噌汁。二日酔いには効くよ」
「……自分も貰っていいっすか」
「……いいよ。そもそもそのつもりで作った」
「……気が利くっすね」
ペタペタ音を鳴らして台所に戻った彼女は、味噌汁が残った鍋に火をかけて、温めなおす。少しして、
「……お茶碗どこにあるっすかー?」
と、尋ねる声が。「上の戸棚に茶碗あるから使っていいよ」と言うも、
「……ううううう、センパイ、取ってくださいっすよー」
すぐにまた助けを求める声がする。どうかしたのかと思い、台所に視線を向けると、
「うううっ、ううううっ!」
必死に背を伸ばして、上の戸棚のお茶碗を取ろうとしている浦佐。その姿は小動物っぽくてなんか普通に可愛らしい。
「……そっか、なんか、ごめん」
「謝られると余計にみじめになるっすよー! それなら普通にちっちゃいっていじられたほうがよほどマシっすー! ……うう、大きな声出すと頭がズキズキ言うっす……」
「……それも、なんかごめん。はい、これ使って」
僕は戸棚からお茶碗を取ってあげて、浦佐に手渡す。
「どうもっす」
彼女は受け取った茶碗に残りの味噌汁を全部注ぐ。そして、グイっと一口飲み込むと、
「……美味しいっす。センパイ、毎朝味噌汁作って下さいっす」
「……何言ってんの浦佐。プロポーズ?」
「……いや、デリバリーでお願いするっす。徹夜の収録明けにも効きそうって思って」
そっちかーい! いや、まあ、そんなところかもとは思ったけどさ。
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