第15話 絡み酒
「あれれえ? センパイ、お皿のなか空っぽじゃないっすかー、食べなくていいんすかあ?」
様子がおかしい浦佐は、ぐいーっと僕のお皿を覗き込んでは、悪戯っぽい笑みを浮かべ、ホットプレートにあるありったけの肉と野菜をひょいひょいと持ってきた。
「って、ちょちょ落ち着け、まだ余裕で生焼けの肉とか野菜あるしっ、食べたら腹壊すやつだからっ」
ふわつく視界でわかるくらいだ。相当赤い肉だったんだと思う。僕がそう言うと、浦佐はぶーと頬っぺたを膨らませ、
「なんすかー、自分の肉が食べられないって言うんすかあ、薄情な人っすねえまったくう」
……あれか、浦佐は酒が入るとダル絡みをしてくる一番面倒なタイプの酔いかたをするのか。
「……薄情とかそういうのじゃなくて、生焼けのまま肉を食うとか、お肉にも失礼だから……食べ物を粗末にするものでもないし」
「むむむ……じゃあ」
僕の話にさらにむくれた浦佐は、テーブルに置いておいた焼酎の瓶を手に取っては、僕のコップにタプタプを注ぎ始めた。
「飲むっす、飲むっすよセンパイ」
「いやっ、すっ、ストレートって、ぼ、僕を潰す気──」
「飲むっすうううううう」
コップを右手に浦佐は、僕の体に飛び込んでくる。
当然、コップを持った状態でそんなことをすれば、中身が零れるわけで、
「…………。……酒くさい」
パシャっと、僕のシャツに焼酎が降りかかった。
「ああ、零れちゃったっすねー、注ぎ直さないとー」
そんな状況にも関わらず、恐らく酔って正常な判断ができない浦佐は、僕の足の上にすとんと座り込んで、再びお酒を注ぐ。
「はい、どうぞっす」
「……し、敷島さーん」
僕は同じ部屋にいたはずの彼女に助けを求めるも、敷島さんは抜き足差し足で僕の部屋から台所に脱出しようとしていた。
「ちょ、逃げないで助けてくださいよ……」
「悪い、死んだばあちゃんにカラスと酔っ払いの面倒は見るなって教わっていてな」
……なんだそのありそうでなさそうな教えは。
「このままだと酔っ払いふたりの面倒を見させられそうだから、早めにとんずらしておこうかなーって思って」
「そっ、そんなこと言わないでくださいよ、かっ、課題見てあげたじゃないですかっ」
「その借りは焼肉でチャラだぜ」
「そんな……」
それこそ薄情な。
「センパーイ、飲むっすよー、自分の酒が飲めないっすかー?」
……しかも、なんか会社の上司とかが言いそうなこと言いだしているし。辛い。……僕も来年以降こういうこと言われるようになるのかなあ……。
それに、犬みたいにじゃれついてくるから、色々触れる。……いや、身体は子供なんだけど、年齢は年齢なんで軽く意識はさせられるというか。実家にいる妹もこんな感じだったな……。
「……わっ、わかったっ、飲むっ、飲むからっ──」
これ以上僕のシャツが酒まみれになるのは嫌だし、飲むしかなさそう。
浦佐が持つグラスを受け取り、僕はストレートのままの焼酎を口に含む。
「……うっ」
当たり前だけど、酒が強くないことを自覚している僕だ。ストレートで飲むことなんてない。
「おっ、いい飲みっぷりじゃないっすかー、センパイ。ほらほらー、もう一杯行きましょうー、もう一杯」
それを、何度も何度もやれば、そら視界のひとつやふたつもおかしくなるわけで。
「……う、浦佐あ……も、もう許して……許して……げ、限界……」
「まだまだっすよーセンパイー」
結局、地獄の宴は、多分、日を跨ぐまで続けられ、最後は疲れ果てた浦佐が僕の膝の上で寝る、というオチでなんとか終わりを迎えた。
翌日っていうかその日の朝。当然だけど僕を襲ったのは二日酔い。
「……うっ、頭いてぇ……っていうかホットプレートの汚れ落ちないし……敷島さんほんとに何も片付けしないで帰ったな……」
ガンガン軋む頭にか細い悲鳴をあげつつ、早朝五時に、僕は無心でひたすらホットプレートの汚れをクリーナーで拭いていた。
「……むにゃむにゃ、もう食べられないっすよ……お腹いっぱいっすー……むにゃむにゃ」
……羨ましい寝言だよ。僕もそんなふうに幸せな晩餐をしたかった。昨日。
「……もう二度と浦佐に酒は飲ません」
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