第12話 焼肉大作戦
それからどうなったかというと、結論。
「……はっちー、両手首痛い……どれだけ頑張れば気が済むんだよ」
「……仕方ないじゃないですか、あんなに溜めてたんですから」
「……なんだ、知らない人が聞けば、一週間くらい禁欲生活してた彼氏のイチモツを手でやり過ぎて筋肉痛になった彼女みたいな──」
「くだらないこと言ってないでさっさと提出してください。最後の最後に提出しそびれて単位零す気ですか。さすがにそこまで面倒見きれませんよ」
「ったってさ……十二時間で何文字打った私。ざっと五万文字くらい打ったと思うよ」
「じゃあそのうち五千文字くらいは僕ですね。参考文献リスト作ったのは僕なんで」
「……そりゃどーも」
現役の漫画家もビックリなくらいの修羅場、だったんじゃないかと思う。いや、実際の修羅場を見たことがないから想像でしかないのだけど。
正直、一時間に一万文字とか打つものじゃない。手首が死ぬ。壊死するこんなの。もし仮に一日八万文字Wordでタイプしてくださいっていう仕事があったとして、時給千五百円くらいだとしてもやりたくない。
「……とりあえず、これで全部のレポートは提出し終わったんですよね……?」
「……ああ、おかげさまで……」
「……お、終わった……のか」
その一声を聞き、バタンと散らかった床に仰向けに寝転がる僕。背中になんかゲームのケースやらペットボトルのゴミとか感じるけど、そんなのもう気にならないくらいにぶっ飛んだテンションになっている。
「……ちなみに敷島さん、焼肉の約束、忘れてないですよね……?」
「……チッ、覚えてやがったか」
「当然ですよ。……これだけ働いて見返りなしだったら、今後一切何も手伝わない自信があります」
っていうか軽く人間不信なりますわ。そんなの。
「はぁ……わーったわーった。で? 店に行くのか? 正直この近所に焼肉屋なんてないぞ?」
どうやら、その約束まで踏み倒すつもりはないみたいで、ちょっと安心した。いや、敷島さんならやりかねないと思ったから。
「……じゃあ、僕の家にホットプレートあるので、家でやりますか? お米と飲み物くらいは僕で用意するんで、肉と野菜は敷島さん持ちで」
「……マジで? 肉と野菜だけでいいの? はっちー神かよ」
まあ、店で焼肉を食べ放題しようと思うと(なんせよく食べる浦佐がいるから)、ひとり五千円は行くだろう。アルコールも入ればもっとかも。ってなると一万五千円は下らない。大学生にとって一万五千円は安くない。なんせ、十五時間分の労働の対価だし。東京換算。
まあ、僕もそこまで鬼ではない。美味しいお肉を用意してくれれば、会場くらいは提供してあげてもいい。
それに、ホットプレートなんて友達が家に遊びに来ないとなかなか使う機会がなくて、軽く埃を被っているし。
「……それくらいならいいですよ。あ、でも高い肉も食べたいので、なんかよさげな和牛をリクエストしておきます。別に豚バラでかさ増ししてもいいんで。浦佐はなんて言うか知りませんが」
「あいつにはこれが和牛だよーって言って輸入の豚肉食わせとけば満足するさ、心配いらないね」
……さすがに豚肉と牛肉の区別はつくんじゃ……。
「そうっすよっ、失礼っすね! 自分だって牛肉と豚肉の区別くらいつくっすよっ!」
すると、突然浦佐が玄関のドアを開けて僕らの会話に参戦してきた。
「なんだなんだ、はっちーの家でゲームしてたんじゃないのか?」
「なんだか焼肉の話の匂いがしたっす。なので様子を見に来たっす」
……焼肉の話の匂いって。……概念に匂いなんて存在するのか?
「何すか? お家焼肉っすか? それもいいっすねえ、よだれが出てくるっす」
「……はぁ。豚肉作戦が。まあいいや、私はいつでも暇だからどこでもいいよ。浦佐は? バイトいつ入ってんの?」
「自分、明日明後日はお休みっすよ?」
「僕もどこでも暇なんで……」
「オッケー。じゃあ善は急げだ。明日の夜、はっちーの家で焼肉パーティーな。肉と野菜は私と浦佐で買ってくるよ」
「えっ、なんで自分もちゃっかり買い出し部隊に入っているんすか」
「でないと高い肉買わないぞ」
「是非、ついていくっす、軍曹」
「誰が軍曹だい」
「いてっ」
……なんでもいいや、もう。とりあえず、焼肉の匂いつけたくないものを避難させることだけ考えておこう。うん……。
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