第11話 寝る子は育つ(かも)

 至極、僕はとても優しく敷島さんの単位獲得の協力をしてあげたと思う。あのゾンビのような彼女から手伝ってと言われた日から一週間。(僕の用事のついでというのもあるけど)国立国会図書館に行って必要な論文のコピーを取りに行ったり、レポートの書きかたまで教えてあげたり、下手なチャーターよりも仕事してるんじゃないかって自信すら芽生えてきた。ちなみに、浦佐はほとんど何もしていない。


 僕が国会図書館に行くって言うと、ふたりして「国会に図書館なんてあるんだーへー」と口を揃えて言ったことにも軽く絶望した。

 ……いや、もういい。二浪はともかく二留もしている人のことだ。何を期待すればいいというのか。

 そんな、なんだったら張本人の敷島さんより僕は頑張ったはずなのに、なのに、


 一週間後。レポートの提出期限の日の朝。

 自宅で食パンを焼いて食べてから、敷島さんの部屋を訪れると、そこには明らかにゲームをしていた痕跡と、ゴミ屋敷のなかに埋もれて眠っている浦佐と、死んだ目でパソコンと向かい合っている敷島さんが。


 てっきりレポートを徹夜でやっているのかなって思ったけど、

「……ふふふ、喰らえ、これがリアルマネーパワーだ。はははは」

 ひょいと覗き込んだ画面には、Wordの画面ではなく、なんか勇者が剣を振ってモンスターと戦っているし。


「……あの、レポートは?」

「え? あっ、ああ。このモンスター倒したらやるよ」

「……ちなみに、あと何本で?」

「…………」


「あと何本で?」

「……全部」

「……どうしてまだレポートが一本もできてないんですかああああああ!」

「すーすーすー……」


 朝っぱらから大きな声を出す始末。ジャイアンもびっくりの大声だったけど、浦佐はまだすやすや寝たまま。

「だ、だって仕方ないだろ? パソコン開くと、ネトゲのアイコンが『遊んでー』って寂しそうな顔しながら言うんだから。遊んであげるのが大人の定めってやつだろ?」

「……そもそもアイコンは喋りませんし大人はこんな自堕落な生活しません」


 あと、妙に上手いアニメ声出さないでください。普段アニメを見ない僕でも、あ、これはなんか妹っぽいってわかる上手さで軽く引きます。

「……ちなみに、文字数は? 何割くらいで?」

「……零割一分、くらい?」


 某国民的漫画主人公の打率もびっくりな割合じゃないですか。ほほう? 面白い。いや、もう面白い面白くない通り越してヤバいだよ。っていうか、それって学籍番号と名前とタイトル書いただけまでありますよね?


「つかぬ事をお伺いしますが、締め切りは何時に、どこでしょうか? オンライン? 大学? それとも消印有効ですか?」

「……や、やめろおお、じわじわ私を現実に戻すなああ」

「単位欲しいって言ったのあなたじゃないですか」


 ゲームのなかにあなたが求めている単位は落ちてないです。間違いなく。ええ。僕も小説のなかに単位が落ちているなら喜んで拾いに行きますけど、そうそう世の中甘くないんですすみません。なんで僕が謝っているんだ。僕年下だよね?


「はい、ゲーム終わり。一緒に地獄に行きますよいいですね」

「ああああ、やめろおおおお、まだセーブしてない、アプリケーション落とすなあああ」

 先輩の悲鳴はもうこの際無視して、半ば強引にレポート作成画面に移行させる。


「あああああああ、私の五時間の努力がああああああああ!」

「……五時間もゲームしてたんですね」

「あ」


 もういいや、お説教している時間すら惜しい。どうせ美味い焼肉奢ってくれるんだし、もう少し手伝ってあげますよ。……二度目はないですけどね。


「……すー、すー、すー……駄目っすよー、鼻血出したら……むにゃむにゃ……」

 そして、よくこんな大騒ぎしているなか寝ていられるよこのちびっ子は。

 隣でひいひい言いながらキーボードを叩く敷島さんを横目に、寝息を立てて小さく丸まっている浦佐を眺める。


「こうして見てると、とてもじゃないけど大学生とは思えないだろ?」

「……それはまあ、そうですね」

「誰が小さいっすかー、失礼なー……zzz」

 ……聞こえているのか? 怖い怖い。


「……ぎゃああああ……すーすー」

 どんな夢を見ているんだ、この子は。

「っていうか、微笑ましい目をしている暇はないですよ、レポートやらないと」

「……はぁ、やるよ、やるから鬼にならないでくれはっちー」

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