第10話 どいつもこいつも

「このままだと、四回目の一年生になっちゃうよおおおお」

 家に帰ろうとする僕に追いすがるのは、もはやゾンビと言っても差し支えなさそうな面影の敷島さん。


「……もうすでに二留している人が何を言っているんですか」

「さすがに浦佐の後輩は死んでも嫌だって気持ちが芽生えてきたんだよ。何がなんでも浦佐と同じ年に卒業するんだー」

「……自分ちょっとゲーム実況に集中したいっすから、二年くらい休学していいっすかね」


「やめろおおお、大学八年生はもっと嫌だあああ、ミレニアム世代が大学入ってきたねわははーって言ってたのに、そいつらより卒業後になるの嫌だあああ」

 急にどうしたんだこの人。……いや、正直なところ、自堕落な生活過ごしてこれまで単位を落としてきた人が、浦佐より卒業後になるくらいのことを気にするだろうか、と。


「……学費止められたとかですか? もう払わないって言われたとか」

「……ぎく」

 考えられる理由をぼそっと口にしたところ、図も星だったようで、今まで散々喚いていた敷島さんが途端に大人しくなった。

 なるほど、単位を渇望するゾンビには学費の話をするのが効果的なのか。勉強になった。

「なるほど、そういうことですか」


 まあそもそも二留している時点で学費相当嵩みそうだけどな……。そんな額を顔色変えずに払える家庭があるとするなら、そんなのは資本主義の勝者に間違いない。

「はぁ……。別に勉強手伝うのはいいですけど、僕文学部ですよ? 敷島さんって学部何なんですか?」

「あ、初音ちゃんは自分と同じ経済学部経済学科っすよ? 一年生の基礎演習も同じクラスっすし、基礎マクロと基礎ミクロも同じクラスっす」


 ああ、経済学部でよく聞く単語がポンポン出てきた。ただ、文学部の僕にはチンプンカンプンすぎてよくわからない。

 いやだって、経済なんてちっとも勉強しないんだから。


「それで、文学部の僕が経済学部の何の授業の単位を手伝えるんですか……」

 遠い目を浮かべて元ゾンビに目線を向けると、

「わ、私よりは頭いいだろ。いい大学入っているんだし、地頭だって」

「……猫の手も借りたいんですね。理解しました」


 死んだような声で僕に返した。……いや、ゾンビに死んだようには間違いか。ん? ゾンビって死んでいるのか? 死んでいないのか? どっちなんだ?


「レポートが山のように出てて……締め切りが大体一週間くらいなんだ……全部出せば進級に必要な単位は回収できる。浦佐も手伝ってくれええ」

「自分に勉強手伝ってくれってお願いするって……。初音ちゃん、とうとう現実とゲームの区別がつかなくなったっすかねえ。自分も語学どっちも落とすの確定してるのに」


 ……おい、実はこのちびっ子も単位危ない奴なのか。ちゃんと勉強している奴はここにはいないのか。

「……なんていうかその、いちおう大学生なんだから、ちゃんと勉強もしようね……ふたりとも。安くない学費払ってるんだから」


 死体蹴り(そもそも死んでいるかどうかはさて置いて)かもしれないけど、僕はそんなお小言を言わずにはいられなかった。

 それで、手伝ってあげたかどうかで言うと。


 ……敷島さんが高級焼肉奢ってくれるということで僕は手を打った。ついでに浦佐もそれに乗っかった。っていうか、

「わーい、わーい。やっきにーく。やっきにーく」

 完全にご飯に釣られただけ。……僕も大概だけど。


 と、いうわけで、急遽、散らかっている敷島さんの家で、レポートに必要な参考文献探しが開幕したわけだ。もちろん、レポートの代筆は承っていませんよ? そんなことしてバレたら、僕の身が危なすぎる。あくまで手伝いをするだけであって、単位は自分で取るものだし。


「はっちーの鬼、悪魔、あああああああ」

 そんな悲鳴が聞こえてきたけど、僕が知ったことではない。

「あっ、浦佐、もう飽きてゲームし始めてるなっ、私も混ぜさせろっ」

「敷島さんは早くレポート書いてくださいね。単位落としますよ」

「うぎゃあああああああ」


 ……そのうち管理組合から電話かお手紙届くだろうなあ……。夜にうるさいって。反対の部屋は別の意味でうるさい音を漏らしてくるから、どっちがマシかと言われれば迷うところだけど。……別に、深い意図はない。


「すー……すー……」

「って浦佐ああ、寝るなああ、焼肉奢らないぞおおおお」

 ……もう滅茶苦茶だよ。何もかも。


 パソコンでひたすら真面目に論文情報を検索している僕は、ゴミ屋敷のなかでうたた寝している浦佐と、悲鳴をあげている敷島さんを眺めつつ、

 ……焼肉のためだ。

 と、軽く我慢をしていた。

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