第9話 鍵を忘れた子と鍵をかけなかった子
「ごちそうさまでした」「ごちそうさまっすー」
食べ始めて十五分程度。ほぼ同じタイミングで僕と浦佐は油そばを完食した。……僕は並盛、浦佐はW盛りだ。何度だって言う。
「ふう、食ったっすねー」
隣でお腹をさすっているこのちびっ子は、僕より二倍食べているのに、同じ時間で完食している。
「コンビニでアイス買っていくのもありっすねえ」
その上、まだ何か食べようとしているし。……恐るべし、食べ盛りの大学生。いや、僕も大学生だけど。
「さっ、腹ごしらえも終わったことっすし、今日こそ家に帰って……」
カウンターを立ち上がって、ズボンのポケットをゴソゴソとまさぐり始めた浦佐だったけど、ギギギと錆びついた機械のように首を僕のほうに動かしては、
「……鍵、注文するの忘れたっす」
青ざめた顔でそう口にするのだった。
「……まじかよ」
その後。浦佐は一応バイト先の同僚(恐らく、さっきの女性)の人に電話をして、今日泊まれるかを尋ねたみたいだけど、生憎明日朝早くから実習があるということで難しいそうで、無事、僕か敷島さんの家に泊まることが決定した。
「うっ、うう……自分のしたことか……電車のなかで鍵を注文しておくっす……」
新宿駅へと戻る道すがら、がっくし肩を落とした彼女の様子は、大切にしていたおもちゃを壊したり失くしたりして落ち込んでいる子供のそれを彷彿とさせた。……それを、僕は口にはしなかったけど。
電車に乗って、見慣れたアパートに到着。
「まあ、とりあえず敷島さんの部屋のチャイム鳴らしてみてよ。駄目だったまた僕のところで泊めるからさ」
共同玄関で僕は浦佐にそう言い、一足先に部屋に入り、カバンを床に置いていた。一応今日も浦佐が泊まる可能性はあるので、軽く部屋にコロコロをかけたり、ゴミをまとめてたりとしてから、
「どう……? 入れそう?」
一度外に出て浦佐の様子を確認しようとした。結論、彼女はまだ共同廊下に立ち尽くしており、敷島さんの部屋に入れてなかった。
「んん……インターホン押しても返事がないんすよね。……でも、部屋に人の気配はするというか、物音はするんで……」
「……寝てるんじゃないの?」
「あり得ないっす。昼夜逆転を地でいく初音ちゃんがてっぺんまたぐ前に寝るなんて、バグがひとつも存在しないゲーム並みにあり得ないっす」
「そ、そうなんだ……」
正直あまりゲームとかやらないからその例えいまいちピンとこないんだけど……。天地がひっくり返ってもくらい、あり得ないことなんですね……なるほど……。
「もうこうなったら、ドア直接ノックしたほうがいいっすかねっ?」
埒もあかないし、まあ部屋の主が色々とラフな敷島さんなら、これくらいは許してくれるだろう。それよか、この深い時間に長いこと共同廊下で立ち話をしていることのほうが、他の住人に迷惑をかけている恐れがあるので、早いところ解決させたい。
「ま、まあ……いいんじゃない?」
僕の返事をゴーサインに、浦佐は敷島さんの部屋のドアをノックしようとしたけど、
「あれ……ドア、開いているっすよこれ?」
「……え? ほんとに?」
それはただごとじゃないというか……。
「あ、空き巣とかじゃないっすよね……?」
「ま、まさか……ねえ? ははは……」
浦佐が開いた玄関のドアを少しずつ押して、なかの様子を窺う。僕が先頭、背中にひょこりと隠れ、頭だけ覗いているのが浦佐。
そして、台所から奥にある部屋のほうまで様子が見えたとき、
「……あああ、課題、課題いいい」
そんなうめき声とともに、床にぶっ倒れている敷島さんが。
途端、僕と浦佐はパチクリと目を二、三度瞬かせてから、「「はぁ……」」と、盛大なため息をついた。
「心配して損したっす。初音ちゃーん、玄関の鍵閉まってなかったっすよー、不用心っすよー。っていうかどうしたっすかー。サッカー選手みたいに横たわって」
……そこ、屍じゃないのか?
「……単位くださいって土下座して回ったら、この課題やったらくれてやるってポンポン課題積まれて……ぁぁぁぁ、単位、単位いいいいい」
……なるほど、自業自得か。関わるとろくなことなさそうだから、撤収しておこう。と、思ったけども、
「はっちいいい、課題手伝ってえええ」
地獄へと僕を誘う言葉が、僕の耳に囁かれてしまった。
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