第8話 W盛り
「あっ、どうもっすー」
僕の姿を見つけた浦佐は、ひょこひょこと僕のもとにやって来る。そんな彼女の後ろには、JRの駅に向かって行くであろう、浦佐のバイト先の同僚の人が、ペコリと僕に頭を下げる。
……あれかな、年上の後輩でなんか感情が重たい人かな。なんとなく、そんな気がする。……まあいいや。
「……それで、どこで食べる? っていうか、僕なんの気なしにバイト終わりって言ったけど、終電とか大丈夫だっけ?」
「大丈夫っすよ。自分、都区内に住んでるっすから、零時越えなきゃいつでも帰れるっすし、最悪初音ちゃん家泊まるっすから」
……都区外に住んでいる僕、なんとなく敗北を味わった、気がした。
「それで、油そばとかどうっすか? 油そばっ」
とてとてと僕の前をゆく浦佐は、地下から地上に上がる階段の途中、そう提案してきた。
「油そば? まあ、別にいいけど」
「バイト帰りとかにたまに寄るんすけど、これがまたすっごく美味しくて」
「へー、そうなんだ。それは楽しみ」
油そばって、僕は数えるほどしか食べたことないし。それに、
「……最近、動画の編集とか生放送で忙しくて行けてなかったっすから、食べるのが楽しみっす……じゅるり」
どんな美辞麗句を並べたとしても、このよだれを飲み込む姿以上に、美味しそうと思わせることはできない、と思う。
……おかげで、僕のお腹の虫が少しだけ元気になってきた。
浦佐が僕に紹介してくれたのは、駅から徒歩五分くらいのところにあるお店。カウンター席のみの、少しこじんまりとしたところだけど、なるほど雰囲気からしてめっちゃ美味そう。
食券制で、まず先に浦佐が券売機にお金を入れてボタンを押していったのだけど、
「んふふ~♪」
鼻歌を歌いながら購入した食券は、まさかの「W盛り」。……つまり、麺二玉分ってことだ。料金は並盛と同じだから、その方がお得っちゃお得だけど……。
昨日僕の家でコンビニ弁当食べていたときも思ったけど、この子、かなりの大食い、なのか……?
半ば戦慄しながらも、僕も券売機に向かってメニューを眺める。
「あ。じゃあこれどうぞっす」
すると、先にカウンター席に座っていた浦佐から、ひょいと千円札が一枚手渡される。
一応、浦佐の奢りって話ではあるからね。
「ありがとう」
ただ、まあ年下に奢られるっていうのも、なかなか変な気分ではあるけども。そのうち僕も晩ご飯奢ってあげて、それでトントンにすればいいか、と自分のなかで折り合いをつけて、「並盛」を選択。
店員さんに食券を渡して、浦佐の隣に座った。
「並盛でいいんすか?」
「う、うん。……僕はそんなにたくさん食べるわけじゃないし……。それに、今日は寝て本読んだだけだし」
「ふーん、そういうものなんすねー。自分、バイト終わりだとお腹ペコペコになるんで、たくさん食べるんすけど」
「やっぱり疲れる? 古本屋のバイト」
「普通に売り場走り回るっすからねー。体力使うっすよ?」
「へえ、そうなんだ」
なんて話をしているうちに、油そばはできあがったみたいで、僕の目の前に並盛、浦佐の目の前にはW盛りがスッと差し出された。
……さすが二倍。もう見た目からボリュームが違うよ。
刻んだノリ、メンマ、チャーシューを外縁に、中央にネギが乗せられたトッピング。そんなどんぶりに、浦佐は上機嫌にお酢とラー油、さらに底に溜まっているタレと混ぜ合わせていく。
僕も見様見真似でお箸を動かし、
「「いただきまーす」」
少し遅めの晩ご飯を食べ始めた。口のなかに麺が入った瞬間、
「……やば、美味すぎ……」
脊髄反射でそんな感想が漏れた。
「そうっすよね、そうっすよねっ! んんー、やっとこの油そばの美味しさを共有できる人と出会えたっすよー。女の子の友達やバイト先の人は連れて行きにくいっすし、男の先輩にこんな美味しいお店紹介するのは癪だったっすし」
「……そっ、それは何よりです……」
「んんんん、何度食べても飽きないっすねー」
……しっかしまあ、本当に美味そうに食べるなあ、この子。
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