第7話 ラブコメにおけるパンツは多分意思を持っている。トラブる方向性で。
浦佐の着替えを預かったはいいものの、敷島さんがそのまんまのラフな格好のまま大学に行ってから、僕はあることにハタ、と気づく。
「……なんで、下着が一番上に置かれているの?」
っていうか何で服を実のまんま渡してきたのあの人は? 普通他人の着替えを持って行くときって袋とかにいれない? 狙ったのか? あの人また僕が浦佐に缶のゴミを投げられるのを狙ったのか?
「……と、とりあえず浦佐が起きる前に、位置を入れ替えないと……」
玄関から部屋に入る前に、さっくりと僕は下着とシャツやズボンの上下をひっくり返そうとした、けど。
「んんんん、よく寝たっすねー、もうお昼っすかー?」
「え」
ああ、幸か不幸か、そのタイミングで浦佐は目覚めてしまい、とてとてと効果音を鳴らして目をこすりつつ台所へと歩いてきた。
それに慌ててしまった僕は、手にしていた浦佐の着替えをひっくり返す際に、パサっと、
「あ」
「……ふぇ? これって……」
床に、真っ白な布の何かが落下。しばらくの間、僕と浦佐は、フライをお見合いして落球してしまった内野手よろしく、気まずい空気で目と目を合わせた。
途端、だらしなく開けられていたちびっ子の口は音速で閉じられ、そして次の瞬間。
「なっ、なんでここに自分のパンツが落ちてるんすかあああああああああああ!」
ですよねー、そうですよねー。
悲鳴とともに、彼女はたまたま近くに置いてあった殺虫剤のスプレー缶を手にしては、
「ぶわっ!」
野球でもやっていたのかって疑いたくもなる見事なコントロールで僕の額にヒットさせた。
まあ、当然スプレー缶なんてものを投げるのは物理的にもその他の意味でも危険な行為なんで、良い子も悪い子も悪い大人も真似しないでもらいたい。うん。
どうしてそんなことを言うかって?
いや、まーじで犠牲者が出るから。うん。
二度目の起床を迎えたのは多分一時間後くらい。目を覚ますと、頭上には本当に申し訳なさそうにしょんぼりとしている浦佐の顔が目に入った。
「……あ、起きたっすね」
「……着替えたんだ」
見ると、服が昨日と入れ替わっている。僕が敷島さんから受け取ったものだ。
「勝手にシャワー借りたっす。……それで、その……なんとお詫びをすればいいか……」
今までの自由気ままさはどこへやら、硬い床の上で正座をして縮こまっている浦佐の様子は、小学校で本気のお説教を先生から受けている子供さながらだ。
「……いや、まあ、もう。うん。事故だよ事故。そう。僕は身体的被害を、浦佐は精神的被害をそれぞれ二回受けているから、トントンだよトントン」
「そ、そうっすか……?」
「……うん。多分そう。っていうかそういうことにしておこう。僕らは運がなかった。うん、運がなかったんだ、そうに違いない」
「わ、わかったっす……」
言葉の上では解決したように見えるけど、なんか態度はまだ消化不良感が見える浦佐。
……二度も気絶させたってなると、さすがに罪悪感はそうそう拭えないか。
出会ったばっかりの子にそう思わせさせるのもモヤモヤするし……ならここは、
「……それでもなんかもやるならさ。今晩なんかご飯ご馳走してよ。どこでもいいからさ」
「……ご飯っすか? 今日も自分、バイトっすけど」
「じゃあそれ終わってからでも、バイト休みの日でもいいからさ」
すると、多少引っかかりも解消したのか、浦佐は徐々に硬かった表情を柔らかくさせ、
「わかったっす。じゃあ今日バイト終わってからでいいっすから、適当にご飯食べに行くっすよ」
口元を緩めて、そう口にした。
「おっけ。じゃあそうしようか」
そうして、夕方ごろになると浦佐は僕の家からまたバイトへと出かけていった。僕は僕とて、適当に読みかけの小説のページを進めさせて時間を潰して、シャワーを浴びて着替えを済ませ、浦佐のバイト先の店が閉店する頃合いに、新宿駅へと向かった。
浦佐が待ち合わせに指定したのは、新宿駅西口の地下広場。
夜の十時近くになって待ち合わせをすることなんてそうそうないし、そんな人は近くには僕しかいなかった。
既に飲み会をお開きにしたサラリーマンたちが顔を赤くさせて千鳥足で家路に就くなか、
「それじゃ、自分は今日ちょっとこれから人と会うっすから、お疲れ様っすー」
ほんの数時間前に聞いていた軽い声が聞こえてきた。
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