第4話 疑似誘拐のすすめ(?)
とまあ、そんなふうにして、騒がしい隣人たちとの出会いは終わった。恐らく今後関わって来ることはそうそうないのかなあって、思っていたのだけど、二回目のときは意外と早く訪れた。
夏休みに入って、就活もひとまず終わっていた僕は、ある程度自由な時間を手に入れていた。ただ、かといって周りの友達はまだ就活が続いていたり、教員採用試験の勉強があったりなどなど、まだまだ気が抜けない状況だったりしているので、どこかに遊びに行くってこともそんなにできなかった。
つまるところまあ、バイト以外外出しない典型的な死んでいる生活をしていた、のだけど。
その日は、バイトもなく、夏の暑さにやられて晩ご飯を特売で買いだめたそうめんで済ませた日だった。
「……あっついなあ……」
一応クーラーは家についているけど、電気代が嵩むのが嫌なので、夜の比較的涼しいはずの時間帯は扇風機でどうにかしようとしている。
扇風機の頼りない風だけを頼りに、夏の夜に僕はベッドに寝転んで先日発売されたばかりの青春ミステリ系統の文芸書を読みふけっていた。
ページをめくる合間に、ベッドの側にあるテーブルに置いた麦茶をちびちびを口に含むけど、
「……うわ、麦茶ぬるくなっているし」
コップに注いでもう一時間以上は経過したからか、本来の冷たさはもう見る影もない。
氷でも継ぎ足そうかと悩んでいると、ふと、
ピンポーン。
来客を告げるインターホンが鳴り響いた。
「……もう十一時だけど、こんな時間に誰だ……?」
大学の友達か……? 終電なくなったから泊めてくれ、とか、そんなところか。などと考え、のろのろと部屋着のTシャツ短パンのままドアを開けると、
「……え、えっと……なぜにここに?」
「……あ、どうもっす」
これまたTシャツにデニムという格好にリュックサックを背負った浦佐が、そこに立っていた。
「……な、なんでここに? っていうか、敷島さんの部屋、隣だけど?」
「いや、間違えたわけじゃないっすよ……」
じゃあ尚更意味が分からない。敷島さんの家に遊びに来たんじゃないのか。
僕が頭の上にはてなマークを浮かべて、彼女のことを見ていると、しおらしい態度になった彼女は、
「……そ、その、バイト行ってから家の鍵をどこかに落としちゃったみたいで……家、入れないんすよね」
と、それはそれは消えそうな量の声で呟いた。
「……なるほど? え? それでなんで僕の家に?」
「ほんとは初音ちゃんの家で一晩過ごすつもりだったんすけど、出かけているのか寝落ちているのか知らないっすけどインターホン出てくれないんすよ……もう電車も終わっちゃうっすし、この近くに知り合いなんていないっすし」
「あー……はい、まあ状況は理解したよ」
ある意味、僕の考えは半分くらい的中していたわけだ。大学の友達ではなく、それが浦佐であっただけで。
しかし、野郎を泊めるのと今目の前にいる彼女を泊めるのでは話が違うというか。
いや、見た目小学生だけど中身は大学生なわけだし? 色々と気を使わないといけなくもなるわけで。
「うーん……」
「このままだと、今日は野宿になっちゃうっすよお……」
悩む僕と、悲痛な声をあげる浦佐。
さすがにこの暑い夜に外に放り出されるのは可哀そうだ。なんだったらこの見た目も相まって虐待でもしている気分になる。
それはあまり気分が良くない、ので、
「……ああもうわかったわかった。上がっていいよ」
仕方なく僕は折れることにした。
「わーい、ありがとうっすー」
僕が入室を許可した途端に、浦佐はしおらしい態度から一変、身体相応のテンションでぴょんぴょんと飛び跳ねるような足取りで部屋のなかへと入っていった。
「うあっ……初音ちゃんの家より百倍綺麗っす……」
入って最初の感想がそれかい。
……いや、もしかしてこの感じだったら、普通の男友達を泊めるような気分で過ごしていてもいいのかもしれない。
というか、そのほうが精神的によさそう。
……だって、なんか小学生の子供誘拐しているみたいな感じがして、何も悪いことしていないはずなのに罪悪感が……あるんだ。
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