第2話 小学生みたいな大学生

「──うっ、ううう……ぼ、僕は一体……」

 どれくらいの時間が経過しただろうか。最後に空き缶の山を投げつけられて気絶したのは覚えているけど、あれからどうなったのかは覚えていない。


「あっ! っていうかレポート! 今なんっ……じ……」

 見知らぬ部屋の光景に戸惑いつつも、起き上がった僕はスマホで時間を確認。ロック画面のデジタル時計は13:05。

 当然だけど、レポートの提出期限はとうに過ぎている。


「……お、終わった……」

 そして、がっくしと両手を床につけ項垂れる僕。落単が確定し、これで後期も授業を受けないといけなくなる。いや、別にいいんだけど、卒業が決まらないのはなんかモヤモヤするっていうか、なんというか。


「で……ここ、どこだ?」

 部屋の作りは僕の部屋と似ている。ってことは、件の隣の住人の部屋、なのか?

 まあ、およそ人の住む空間とは思えないほど散らかっているけど。


 空っぽのペットボトルに昨夜(というか今日の早朝)僕が飲みまくった魔剤の空き缶がそこらしこに落ちているし、コンビニ弁当の空き容器に紙コップ、割りばしなんかも放置。


「……典型的なひとり暮らしの男子大学生の堕落した生活じゃん、これ」

 さらには、電源が入りっぱなしのゲームハードに、コントローラーが二個、さらにはゲームソフトのディスクにノートパソコンやらコードやらなんかよくわからない機械もいくつか。


 なんて、座ったまま部屋を観察していると、玄関よりに位置している(僕の部屋と同じ作りをしているならば)浴室のドアが開けられた音がした。


 あ、部屋の主の人かな……と思って、居住まいを正そうとした僕だったけど、次の瞬間、目を引ん剝くことになる。というのも、

「あ、起きたんだー、ごめんねー、ウチの後輩が迷惑かけてー」

「うぐっ!」


 男だと思っていた住人はそもそも同年代の女性だったし、その人はなんだったら上半身裸という始末。いや、一応バスタオルで隠れてはいるけどさ。


「ん? どうかした? あー、ごめんごめん、いつもの癖でさー」

 そう言って、彼女は下着をつけることなくTシャツを頭の上から被る。

 ……の、ノーブラかい。初対面の男目の前に。


 一応、視線の行き場は確保できたので、おずおずと彼女に目線を向けると、


「私は君の隣の部屋に住んでいる敷島しきしま。大学一年生。さっきは私の後輩が迷惑をかけて悪かったね。今、そいつに詫びの菓子折り買いに行かせてるから」


 若干申し訳なさそうな顔はしつつも、申し訳なさそうにしているのは顔だけで、僕は地べたに座っているのに彼女は普通にソファに腰かけている。いえ、いいんだけど。別に。


「……ん? 大学一年生?」

 でも、普通にお酒の空き缶とかもあるけど……。

「あー、私、二ろうにんりゅうねんしててね、二十二歳なんだ」

 ってまさかの一個年上かーい! 僕は今年で二十二歳になるから、そういう計算になる。


「な、なるほど……そうなんですね……」

 情報量が多すぎてついていくのが精一杯なんですが。


「しっかし、あいつも胸チラした程度で空き缶入りのゴミ袋を投げつけるなんて、暴力的にもほどがあるよなー。君だって、見たんじゃなくて、見えちゃったわけで、罪はないわけだし。それに、あんな幼児体型の身体見たって興奮しないだろ?」

「……あ、あの、その件についてはノーコメントでお願いしたいです」


「あり? もしかして、君童貞だった? ちょっと朝から刺激強すぎた?」

「……ご想像にお任せします」

 初対面の男を童貞呼ばわりもなかなか毒が強い。もういいや、とりあえず部屋に戻ろう。


 そう思うと、瞬間、玄関の扉がガチャリと開く音がした。……って、鍵かかってなかったんかい。

「お、帰ってきたみたいだ。おーい、浦佐―、ちゃんと買ってきたかー?」

「……買ってきたっすよ。んあ」


 見覚えのある小さな女の子が部屋にやって来たと思うと、気まずそうに彼女は僕の顔を見る。

「……そ、その、さっきはすみませんでした」

 一応こっちの子は態度も申し訳なさそうにペコリと頭を下げている。


 謝られるとこちらとて許さないわけにもいかない。失ったのは単位くらいだ。

「いや……僕も……まあ、はい……」

「んで、こいつは私と同じ大学一年生の、浦佐操うらさみさお。趣味が同じでさ、ちょくちょくここに遊びに来ているんだ」

「……へ? 大学生?」


 敷島さんの紹介に、思わず僕は言葉を繰り返す。

 だ、だって、どこからどう見ても小学生じゃ……。


「……むう、さては自分のこと、小学生だと思ってたっすね、失礼な」

 さすがに要求する理解能力が高過ぎやしませんか? これ。

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