徹夜明けにばったり出くわしたちびっ子(→実は大学生)に空き缶入りゴミ袋を投げつけられて始まるラブコメ

白石 幸知

第1話 ラッキースケベは回避できないからラッキースケベと言う(はず)。

 それは、七月の末の、まさに前期末のレポート提出が差し迫った日のことだった。

「ああ……あのとき代わりに単発のライブイベントのバイトなんて行くんじゃなかったよお……」


 半分涙目になりながら叩くノートパソコンの画面の右下、映し出されている時刻は、「4:34」。午後ではない。午後なら表示は「16」だ。


「知らない人ばっかりだったし、なんかみんなパリピだし、終わった後飲み会が三次会まであるし……あんなに飲まされるなんて思わなかったよ……」

 おかげで次の日二日酔いで、レポート準備する日がまるまる一日潰れて、思い切り計算が狂った。


 そのため、薄暗いワンルームの部屋、さっきから高速で動いている僕の両手の手元には既にプルタブが開けられた魔剤が三本。

「ああああ、ここの部分、参考文献ではなんて言ってたっけ……あれ、本、本どこにやった僕? おわっ!」


 電気代を節約するために、部屋の照明は切っていた。パソコンの画面の光と、スタンドの灯りだけで作業をしていたので、灯りが届かない場所に置いていたはずの、図書館で借りた学術書をまさぐってみたけど、眠気と疲れが相まってうまく見つからず、挙句の果てに僕が椅子から転がり落ちる始末。


「……踏んだり蹴ったり……最悪だよ……はぁ……」

 レポート提出は明日の……いや、今日の午前十時。規定量三千文字に対して、Wordのカウントは千文字程度。


「……お、終わる気がしない……」

 午前十時って言ったって、オンラインではなくこれまた紙に印刷して教授の研究室に持って行かないといけないから、事実上のデッドラインはもっと先だ。


「……落単かなあ……」

 大学四年にもなって、まさかレポートを出せずに単位を落とすかもしれないなんて悲惨なオチが来るとは、思わなかったよ……。


 そんな陰鬱とした僕の空気感とは裏腹に、うっすい壁越し、隣の部屋からは同じ大学生が徹夜でどんちゃん騒ぎでもしているのだろうか、


「ぎゃああ! それはずるいっすよ! なんで自分にこうら投げるんすかああ!」

「ひっひっひっ、勝負とは非情なものなのだよ」

 そんな楽しそうな声が聞こえてくる。


「……ああ、イライラするなあ」

 この騒ぎ声、僕がレポートに取りかかる前からずーっと聞こえている。おかげで僕の不快指数は爆上がりで限界突破済みだ。顔見たら悪態のひとつでもついてしまうかもしれない。


「くっそお、負けない、僕は絶対にレポートを提出して単位を死守するんだ……これ以外は完璧に単位回収してきたんだ、僕にできないことなんてないっ」

 もはや寝不足と深夜テンションで普段言わないようなことも口にして、僕は再び机に向かい直してキーボードを叩きだした。


 レポートが仕上がったのは、朝の八時のことだった。


「……だ、大学行かなきゃ……」

 レポートを印刷し、カバンにクリアファイルごと放り込み、適当に浴びたシャワーで身だしなみを整えたつもりにして、髪も乾かぬ間に僕は家を出た。もう、時間に余裕がなかったから。


 寝不足の脳には凶悪的なパワーの東京の陽射し。まだ朝だと言うのにもう汗が浮かんできそうだ。

 右手にカバン、左手に空き缶・ペットボトルが入ったゴミ袋を持って家に鍵をかけていると、


「ううう、なんで自分が初音はつねちゃんの家のゴミ出ししないといけないんすかー」

 件の隣のどんちゃん騒ぎの部屋から、ぱっと見小学生くらいのポニーテールの女の子が、ダボダボのシャツ一枚で共同廊下に出てきた。


「「あっ」」


 瞬間、僕と彼女の口から、そんな悲鳴が漏れた。何故か。


 小学生らしき女の子が着ていたのは、この部屋の主のものなのだろうか、あまりにもブカブカなTシャツだ。さらに、彼女はゴミ袋を手に、若干屈んでいたこともあり、即ち、何が起きたかというと──


「ピンク」


 恐らく、徹夜のせいでまともな判断ができなかったのだろう。僕は、見えてしまったものそのままを口にしてしまったんだ。それが、何のピンク色かは、これから起きた出来事のせいで、もう覚えていない。


「こっ、このすけべえええええええええええええええええええええええええええええ!」


 僕、八色太地。徹夜明けでレポートを提出するために大学に行こうとしたら、小学生らしき女の子に空き缶が大量に入ったゴミ袋を投げつけられ、そして、


 気絶した。

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