Kさんのこと

夢美瑠瑠

Kさんのこと

 Kさんのこと、ととりあえず綴ってみたが、頭の中は空漠としている。


 Kさんは知り合いの女性であるが、そう親しいというわけではない。

 私は神経病みの自宅療養者と、公式には、表向きには、対社会的にはそうなっていて、その関係で大勢の福祉関係の人が我が家を訪れる。Kさんもその一人で、精神保健福祉士、という肩書らしい。

 Kさんはショートカットの一見するとボーイッシュなタイプで、30代後半かと思う。非常に若くも見えるが、かわいらしいような華やいだムードがあるので、若く感じるのかと思う。

 初めて訪れた時には私は深刻なアルコール依存状態で、どうにかせねばならなかったが、皆割合にのんきに和気あいあいと話した。Kさんは、「私も吞むカラー」と言って笑った。

 そのあと、たびたびKさんは訪れて、時折にはアルファ型というのか、優性の個体特有のゲラゲラ笑いをした。その華やかな響きに私は魅せられていた…しかし、表向きはちょっと微笑むだけだった…と、思う。

 その後に私は心臓を悪くして、医者に行った。Kさんが病院の前で待っていてくれて、よろよろ歩きの私を車いすに乗せて、診察させてくれた。

 血中酸素濃度がもう危篤に近い状態だということで、すぐ入院を言い渡されたが、私は抗い、「もう死んだっていいんや」などと言ったりした。Kさんはすっくと立ちはだかって、根気強く私を説得してくれた。

 真摯で、威厳に満ちたその顔は私の心中で私を感動させた。

 自分のようなもののためにこんなに真剣になってくれる人がいるということが信じがたかったのだ。それほどに私は自分の境遇を悲観していた。


 その後、私は病を乗り越えて恢復し、退院した。

 秋口のその日は淋しく、一人の帰途の間に、私はKさんを思った。

 そんなことはKさんには全くうかがい知れないことだったろう。


 そうしてKさんや、その他数えきれない人たちの数えきれない介抱や看護のおかげで私は長年の宿痾であるアルコール依存から解放された。

 

 何度かKさんと交通することはあったが、なぜかだんだんKさんとは疎遠になっていった。

 私は健康と正気を取り戻したが、その代わりのようにKさんは煙のように目の前から消えていった。

 「あれはきっと神様のお使いが人間に姿を変えて僕を助けてくれたのだ」と思うようにしている。

 しかし、その天使は、明日ひょっこりと来てくれるかもしれない。

 「Kです!」というあのはつらつとした声とともに…



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Kさんのこと 夢美瑠瑠 @joeyasushi

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