第二章.やがて彼女はCとなる

「昴に勝負で勝て? そんなの、無理だよ」


 昴との勝負を提案してきた金髪ショートの天使。アリス・エンプティロードから足をどけられ、解放された僕はその場で胡座をかきつつ、彼女にそう答えた。


「どうしてですか?」


 アリスが問いかける。僕は背中を背後の勉強机にあずけて、ため息を吐き出した。そして意味もなく天井を見上げる。


「勝てっこないからだよ」

「そんなこと、やってみないとわからないと思いますけど」

「わかるんだよ。だって勝てたことなんてないんだから」


 アリスの提案は一見現実的なものに見えて、けれど現実的なものではないと思った。

 僕は今まで、一度だって涼谷昴に勝てたことがない。出会ってから一度も、だ。

 だから、アリスの提案がうまくいく可能性は低いのだ。


 今までは遊びとして勝負を受けてきた。だから別に勝つ必要はなかったし、それでよかった。けれど今回は真面目に勝たなくてはいけない。それなのに低い可能性にかけていいものだろうか。


「でも普通に頼むよりは可能性あると思いますけど」

「それは……、そうかもしれないけど」


確かに「パンツを見せてもらわないと死ぬんです」なんて正直にお願いしたところで「うん、わかった」なんてことにはならない。信じてさえもらえないだろう。

 それを考えると可能性は多少あるのかもしれない。勝てばいいだけの話なのだから。

 そう、勝てさえすればいい。勝つことができればという話なのだ。


「……透さん。あなたは死ぬかもしれないんですよ?」


 真面目なトーンでアリスが言った。真面目であって、そしてどこか冷たい声だった。

 彼女の言葉は僕の身体にひんやりと冷たく張り付いた。恐怖と不安が混じったようなモヤモヤとした冷気が心の中に広がって、全身を寒気が走り抜けていった。

 今までの不真面目な態度から一変した彼女の声。それがどうしてか重みのある実感を僕に持たせた。明確な死という実感。


「……、」


 本当に死んでしまうかもしれないと知った時、人は言葉を発することすらしたくなくなって、じんわりと冷たさが広がっていくのだと、僕は今知った。

 今まで、僕は死ぬかもしれないと思いながらも、どこか他人事だったのだろう。


「命がかかっているんです」


 念を押すようにアリスは続ける。


「なんだってやってみるべきだと思いますよ」

「……、」

「それでも勝てないからと、最初から勝負を捨てるんですか? ……死ぬかもしれないと思えば、普段より必死になれるはずですよ。必死になれば勝てるかもしれないじゃないですか。だから一か八かでもやるべきだと思います。違いますか?」

「……、」


 死んでしまったら元も子もないのだ。ならアリスの言うように少しでも可能性があるならやるべきじゃないのか。

 必死になればできないことでも、できるかもしれない。

 なら。それなら、僕は――。


「……そう、だね」


 僕はアリスに向き直って、それから頷いてみせる。


「うん、わかった。やってみるよ」

「その意気です。……しっかりしてくださいよね。わたしの立場もかかっているんですから」


 そう言って、アリスは元の自分本位な態度に戻った。

 僕は思わず笑ってしまう。

 なんだかんだいって、アリスにはいい部分もあるのかもしれない。彼女が語った言葉は人を導く天使のそれだったのかもしれない。


「何を笑っているんですか、気持ち悪いですね。どうせわたしのセクシーな身体に欲情してるんでしょうね。これだからド変態パンツ食べ太郎覇王は」


 ……前言撤回。こいつは天使ではない。

 というか、ド変態パンツ食べ太郎覇王ってなんだよ。一つもあってないじゃないか。

 それに。


「セクシーって本気で言ってる?」

「え? あたりまえじゃないですか?」

「どう考えても違うんだよなぁ。主に胸が。ペラペラでつるつるだし、断崖絶壁ここに極まるって感じだよね。あはは」


 ……裸を見たら興奮するだろうけど、さすがにそれは言わなかった。そういうことを女の子に言っては駄目なのだ、うん。僕は賢いので。


「決めた、お前はコロス」


 あっれー? めっちゃキレてるぞ?

 何がいけなかったんだろうな。


 どうでもいいけれど、昴曰く、僕は学習しない男であるらしい。


 その後、ギシギシパンパンの大騒ぎが繰り広げられる。卑猥な意味ではない。

 逆エビ固めをされた僕の背骨が軋む音と、僕がビンタされる音だった。

 涙目ビンタとかご褒美かよ。そう言ったら股間を蹴られた。潰れるかと思った。




 こうして、最初の女の子は涼谷昴に決まった。

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頼むから僕にパンツを見せてくれ! 水無月ナツキ @kamizyo7

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