②
昼放課を告げるチャイムが鳴った。
授業が終わり、クラスメイトたちは昼食の準備に取り掛かり始めた。
購買へ行く者。
友人と席を合わせて弁当を広げる者。
弁当を忘れ、お金もないのか空腹に耐えるようにお腹を抑えて机に突っ伏す者。
どうやって持ってきたのか、徐にカセットコンロとヤカン、某チキンなラーメンの袋、ラーメン用のどんぶりを取り出す者もいた。
……最後の奴、なんなんだよ。あ、でも教室でしゃぶしゃぶする人をSNSで見たことある。あれよりは普通なのか? ……いやカセットコンロ持ってきている時点で普通じゃないわ。
僕はといえば……というか、弁当を忘れ、お金もない奴が僕だった。
「……お腹空いた」
今日は本当についてない。
弁当は忘れるわ、変な呪いにかかるわ……。
あの天使の顔を思い出して、僕はため息を吐き出した。
天使に呪いの話をされたあと、ひとまず僕たちは別れた。
天使は詳しい話をしようとしたけれど、なんか天界に呼び出されてどこかへ飛び去っていったのだ。彼女の飛ぶ姿に驚く気力はなかった。
そして去り際。まだ慌てる時間じゃない、諦めたら終了だ、みたいなことを言われた。あとでちゃんと説明するとも言われた。
後者はいいとして、前者はなんだよ。
とりあえずまだ慌てなくていいらしい。だからといって不安はやっぱり消えていない。
かといって解決策を教えてもらわないことにはどうしようもない。
不安はあったけれど、とりあえず学校に来て、今に至るということだ。
というか、パンツの呪いってなんだよ。ふざけているのかと言いたい。あの天使が僕を騙そうとしている可能性はないのだろうか?
本当は命の危険なんてないのかもしれない。そんな風にも思えてきた。
けれど、一笑に付してしまえるほどの知識や情報を僕は持っていない。
パンツという言葉だって何かの略称かもしれないし、今はまだ何とも言えなかった。
「どうしたの?」
お腹を空かせながら憂鬱な気分と不安、疑心が混ざったような感情を抱いていると、ふいにそう声をかけられた。
美しい音色のような、透き通るような声。そして心を落ち着かせてくれる優しげな声色だった。
顔を上げると、亜麻色の髪の少女が僕を見つめていた。
肩に触れるくらいの長さの髪で、ワンサイドアップで結んだ髪型。背丈は女子高校生の平均くらいといった感じだろう。半袖ブラウスの上からスクールベストを着ていた。
胸元には綺麗に整えられたリボンがあった。女子はネクタイかリボンか選べるようになっているのだ。
僕を見つめる瞳は優しげだった。
女神といっても神聖な近寄りがたい雰囲気はなく、誰とでも別け隔てなく接するフレンドリーな性格の持ち主だ。その証拠に僕にだって声をかけてくれる、本当に良い人だ。
ちなみに彼女は正真正銘のハーフだった。といってもどちらかといえば日本人寄りで、髪の色以外は外国人みたいだという印象は強くない。
けれど発育の良さは海外並で、年齢よりも少しばかり大人っぽい部分もある。たとえば、そう。たとえばおっぱいとかである。
彼女には大きな膨らみが二つある。メロンかスイカかよくわからないけど確かに大きいのだった。
男であるならば一度は登頂したいとは思わずにはいられないだろう、二つの双丘はまさに女神級。
女神である加治田さんのおっぱいはそれほど神聖なものであるはずだ。いや間違いなく神聖な丘だ! もはや霊山である。拝み倒したいほどに神聖な霊山。
登頂したいとは思うが神聖過ぎて挑戦することすら憚られる。神々しい山なのだ。
「……マジおっぱい」
「え? なに、本当にどうしちゃったの? 頭、壊れちゃった?」
頭の心配をされてしまった。本当に優しいな。
……優しい、よね?
「頭は元からだから、そっちは大丈夫だよ」
「大丈夫って言えるのかな、それ」
加治田さんがボソリと呟いたけれど、悲しくなるので気が付かないフリをした。
「……ただ弁当を忘れて、今所持金十五円しかないから購買にも行けないんだ」
「そうなの? それは大変だね」
「うん。お腹が空いてやばい。たとえるなら小さな子に大人気なパンのヒーローの頭を全部食べたいくらい」
「あはは、面白いこと言うね」
僕のくだらない戯言に、けれど加治田さんは笑ってくれた。
その笑顔もまた彼女の魅力の一つだった。
大人っぽさが漂う反面、彼女の笑顔には女神の優しさの他に幼さも少し混ざっている。純粋なその笑顔は見る者に元気をくれる。まさに女神。
加治田さんを一言で表現するのなら、幼さの残る女神、といったところか。
彼女は可愛くて美人という不思議な魅力を持つ女の子だった。
「……そんな
「え? いいの?」
「うん。一人だと食べきれない量だから、いつもみんなに分けてあげるんだよ。それでも少し余っちゃうこともあるけどね」
そう言って加治田さんはある一方向を指差す。
そこには四人分の席を合わせて座る三人の女の子がいた。席が一つ空いているのは、そこが加治田さんの座る場所だからだろう。
つまり加治田さんはわざわざ席を立って僕のところまで来てくれたらしい。なんて優しいんだ。マジで女神かよ。
加治田さんが指差すのは、彼女の席に置いてある弁当箱だった。三段重ねの重箱だった。……大きいんですけど。
「……なぜに重箱」
「うん、普通はそう思うよね。……家の人でね、お料理が得意で趣味の人がいるんだ」
家の人。それはなんとなく肉親という意味で使っていない気がした。
噂で聞いたことがあるのだけれど、彼女の家は極道をやっているとかなんとか。ただの噂でしかないけれど、彼女の下校時に黒服が一人付き従っている姿を見たことがある。
お金持ちだとは思うから、雇われのボディガードなのかもしれないけれど。
どちらにせよあまり興味はない。彼女はとても良い人だ。家がどうであろうと彼女が悪さはすることはないだろう。だから彼女の家柄なんて僕にはどうでもよかった。
「一度食べさせてもらった時にね、おいしいって言ったらすごく喜んじゃって。それから私のお弁当作るんだって言ってくれて、そこまでは良かったんだけど……。本当に美味しかったし」
そこで加治田さんは困ったような笑顔を浮かべた。
どうしたらいいのかと悩んでいるというよりは、悪戯をする子犬を仕方ないなぁと許してしまう時の表情だと思った。
「毎日張り切っちゃってね、たくさん作ってくれるんだ。私にはちょっと多いの。……だけど、せっかく作ってくれるからなんだか言い出せなくて。だからみんなに分けて、余った物は家に帰って食べたり、家の人にあげたりしているの。作ってくれる人には内緒でね」
遠慮しているというよりは、好意を無下にしたくないという気持ちがあるのだろう。きっとその人を悲しませたくないのだと思う。
本当に、なんて優しい心を持った女の子だろうか。
だから、思う。量が多いと告げてもその人は悲しんだり、怒ったりはしないだろう。
「多いなら多いって言ってあげてもいいんじゃないかな? 僕がその人の立場だったら教えてほしいし」
「うーん、そうかな。でもそんなに困っているわけじゃないし、いいかなーとも思うんだよね」
そう言って、加治田さんはニッコリと笑った。
「……加治田さんがいいならいいけど。余計なこと言った?」
「ううん、そんなことないよ。ありがとう。……さ、食べよう。お昼時間終わっちゃうよ」
「じゃあ少しもらうよ」
「うん」
そうして僕は加治田さんの弁当を分けてもらった。
重箱の蓋に料理を載せて、僕は自分の席で食べる。箸は加治田さんグループの人がどうしてか予備の割り箸を持っていたのでそれをもらった。
どうして加治田たちから離れた位置に座っているのかといえば、加治田さんたちの邪魔をしたくなかったからだ。
……女の子に囲まれる勇気がなかったという理由もある。というかそれが一番の理由まである。
一応加治田さんに誘われはしたけれど、そんなこんなで断ってここにいる。
唐揚げを一口かじる。確かに美味しい。というか予想を遥かに上回る美味しさだった。
僕は夢中になって箸を進めた。
憂鬱な気分が少しだけ和らいだ気がした。
……学校、サボらなくてよかった。
「美味しかったでしょ?」
昼食を食べ終えた頃、加治田さんがそう声をかけてきた。
「……これプロが作ったわけじゃないんだよね?」
「そうだよ。プロになればいいのにって言ったんだけど、私のお父さんに恩義があるからって首を振られちゃった」
「そうなんだ」
どうでもいいことだけれど、恩義って聞くとどうしても極道映画を思い出してしまう。言葉自体はどこでも使うようなものなのに、どうしてなんだろうか。
きっと僕だけだとは思うけれど。
「よかったら次も分けてあげる」
「いや、それはさすがに……。図々しいと思うし」
「いいの、いいの。遠慮しないで」
「じゃあ、お言葉に甘えさせて貰おうかな」
「うん。男の子だからたくさん食べるでしょ? 柳原君が食べてくれたら残る可能性はなくなる。ありがとう」
「い、いや。お礼を言うのは僕だと思うけれど」
加治田さんは小さく笑った。
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