第5話 ふざけた制度

「おい、そこの小心者の魔人族2人組」

「あ?誰が小心者─」

声に気付いた魔人族2人組が、俺の方を見ると

「お、お前あん時の人間族じゃねぇか……!」

驚きと怒りが混ざった表情をして、言った。

「よくもオウロ様を……!」

怒りを露わにして、ナイフを手に取る。

「おい待て、ここで殺り合う必要は無い」

「あ?だったら何だってんだ?」

「その奴隷についてなんだが……」

俺は、怯えている奴隷の少女に指差す。

「奴隷市場で買った人間族の少女の事か?」

奴隷市場……。

やはりそういう所で買えるんだな。

「数分ぶりだな。ナンパの次に奴隷を使役している魔人族」

「あ?別に俺等の勝手だろ?で、人間族が俺等に何か用か?」

「あ、もしかしてこいつ、助けたいんだな?」

魔人族の1人がそう言い、奴隷の少女の髪を掴む。

「……痛い……です……」

今でも泣きそうな表情の少女。

「今すぐ止めるんだ!」

「あ?俺達は止めねぇぞ!この奴隷が命令に背いたから暴力という説教をしているんだ」

「邪魔すんじゃねぇよ!」

チッ、なんて奴等だ……!

「人間族よォ~こいつを助けたいか?」

「そんな事したら、捕まるぜぇ!」

「ヒャハッハッハ!!」

魔人族2人組が、高笑いをしながら煽っていた。

そこで俺は、覚悟を決めたような目で魔人族2人組を見据える。

「いや、助けない」

揺るがない精神で、ただ一心に見つめる。

俺の返答で驚きを隠せないでいる魔人族2人組が歯向かう。

「だったら何がしたいんだよっ!!」

「失せろっ!!」

そう言ってくる魔人族2人組に対し、俺は冷静に言う。

「買い取りたいんだが」

「なっ!?」

シュルラ含め、周辺の人々が愕然とする。

「お前、本気か?」

「俺は、いつでも本気だ」

そして俺は、ポケットから100万を取り出し、魔人族2人組に見せる。

「俺は、100万グレイ持っている」

「ひゃ、100万グレイ!?」

「くっ……本物だ……」

あまりの驚愕に後ずさる魔人族2人組。

「さぁ、いくらで買い取らせてくれるんだ?」

「じゃあ、1億グレイ─」

そう言う魔人族に、俺は鉄槌の顔面パンチを食らわした。

「グハッ!!」

あまりの風圧で壁に叩き込まれた魔人族。

「てめぇーー!!」

もう1人の魔人族がナイフを手に取り、俺に向かって襲い掛かる。

ここは敢えて受けよう。

─キンッ─

魔人族のナイフが俺のハードゥンアーマーに当たった。

しかし、何も攻撃が効かない。

「な……!クソ硬ぇな……」

「お前等は鬱陶しいんだよ」

「あ?何ふざけた事言ってんだ!!」

「それはこっちのセリフだ」

そして、もう1人の魔人族にも鉄槌の顔面パンチを食らわした。

「グハッ!!」

「お前、急に何すんだ!!」

「お前が1億グレイって言ったから、ムカついて顔面パンチの餌食になったのさ」

「何だそれ」

「俺達は100万グレイの上の1億グレイを払えなかったら、こいつは渡さないという条件だ」

チッ、なんてせこい奴等だ……!

「どうだ?払えないだろ?」

「ヒャハッハッハ!!」

思う存分煽ってやがる……。

仕方ねぇ……このままこいつらの顔面殴り続けるしかない。

俺が拳を振りあげようとした瞬間

「だったら私が買い取ろう」

そんな声が聞こえてきた。

「あ?」

その声に気付いた俺と魔人族2人組は、声のした方を向く。

人々を避けて、その声の主が現れた。

姿を現すと、魔人族2人組が驚いた表情をして

「あ、あんたは聖騎士団団長!?」

と、声を荒らげた。

聖騎士団も居るのか……。

見た目は、青髪で長い髪を1つに束ねた凛々しい女性だ。

「私の名は、聖騎士団団長アレク・アーガイルだ。騒動を聞き付け、ここにやって来たのだが、少年、何かお困りのようだね?」

「何も困ってねぇよ。今あいつらを殴って大人しくさせようと思っただけだ」

「そうかそうか。で、状況から察するにどうやら君はこの奴隷を買い取りたいのだろう?」

「まぁ、そうだ」

「でも君は1億グレイで売ると言っている魔人族に対して、100万グレイしか持っていない。どうやって買い取るつもりなんだ?」

「何でもお見通しかよ」

「そうだね。私は少年の味方だ」

この聖騎士団団長、優しい人だと思うが、何か怪しい雰囲気なんだな。

「君の答えが聞きたい」

アレクは、真っ直ぐな目で俺を見つめている。

俺もアレクを真剣な目で見つめ返す。

「どうにかして俺が買い取る」

俺の誠意が伝わったのか、アレクは驚きもせず、納得したような表情をした。

「なるほど。それが少年の答えか。了解した」

アレクは、魔人族2人組に近付く。

「私は、1億グレイを払う事が出来る」

何っ!?

「どうかね?」

「そんなに欲しいならあげてやる」

「そうかい、ありがとう」

アレクは、側近から1億グレイを貰い、魔人族2人組に差し出した。

マジで持ってたのかよ……!

「これで少女は、私のものだ」

「毎度あり」

魔人族2人組は、アレクから1億グレイを受け取り、アレクに奴隷の少女を差し出した。

「ありがとう。さて、この少女は少年のものになる」

「っ!?」

あまりの事に衝撃を隠せない魔人族。

「あ?あいつ払ってねぇぞ!」

「それでも、この少女は私が買い取ったのだから私の好きにしていいと思うのだが」

「で、でもよ……」

「私が決めた事だ。別に私の勝手だろ」

「こいつは聖騎士団団長のものだろ?あいつのものじゃねぇ!」

「いいや違う。少年のものだ」

「何故だ?」

「少年が、どうにかして買い取ると言ったのだ。こんな不利な状況の筈なのに。私はそんな少年の勇気を決して無駄にはしたくない」

「それだけじゃ納得いかねぇな」

「なら、少年が困ったような顔をしていたからだ」

「何だそれ、もっとマシな理由を─」

「私にとってはマシな理由なんだが?」

どうにも納得がいかない魔人族に対して、理由を述べるアレクが更に畳み掛ける。

「だから魔人族は嫌いなんだよ」

先程まで感じていた空気が一気に変わった。

「黙れこの魔人族風情が……!」

突然アレクが憎しみに溢れた表情を露わにした。

「折角買い取って、この少女は私の所有物の筈だ。私の自由だ。なのに、何故分からない」

アレクからは異様な威圧感を感じる。

何が所有物だ……。

奴隷はものじゃない。

耐えながら無理な労働ばかりしている、れっきとした"人間"だ。

やはりアレクはこっち側の人間、つまり俺の敵という事になる。

「なら、強制的に分からせてやる」

アレクは、魔人族2人組を睨む。

「ヒィィィィ!」

その表情に思わず怯える魔人族2人組。

やはりお前等、小心者じゃねぇか……。

「お、おい、もういいだろ。この話は終わり。そろそろ逃げようぜ?」

「チッ納得いかねぇが、これで話は終わりだ」

「そうかい。じゃあ、もう二度と私の前に現れないでくれ」

「俺もお前の顔二度と御免だ」

そう言い、魔人族2人組は去って行った。

アレクはゴホンと咳払いをして普段の表情に戻った。

「さて、少年。この少女が欲しいのだろ?」

アレクは俺の方へ向き、言った。

そこで俺は聞く。

「何故俺を助けた?」

俺は、アレクの真意を確かめたかった。

「さっき言っただろ。私は少年の味方だって」

「本当にそれだけか?」

俺は更に疑いをかける。

「困った人間族を助け、悪さをする魔人族には制裁を。それが私達聖騎士団の使命だ」

「そうか。あくまで聖騎士団の使命にするんだな」

「何か文句でも?」

「いや、もういい」

アレクは偽善者だという事が分かった。

しかも奴隷制度を認める、愚か者だと言う事も。

「それにしても、少年考えたね。まさか買い取るとは」

「奴隷を助けてはいけない法律で、別に買い取ってはいけないって言っていないからな」

「ふふっ、奴隷主から奴隷を買い取る。確かに法律違反じゃないね」

じゃあ、今すぐ奴隷制度というふざけた制度を止めちまえ……!

そう言おうかと思ったが、そうすると死よりも苦しい処罰が科せられる。

こんな異世界でも死んでたまるか……!

「まぁ、少年の本気を見せてもらったよ」

「俺は別に何もしてないが……」

「ふふっ、とにかくせこい魔人族に対抗したんだ。それだけでも凄い事だ」

褒めてくれているのは分かるが、褒められた気がしない。

今すぐお前の裏の顔、剥いでやる……!

「では、わたしはこれで失礼させてもらう。少年、街中であまり騒ぎを起こさないでくれよ。それでは、また」

そう言って、アレクは去って行った。


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