第11話 修行の成果
「うむ、今日はここまでにするか」
クロが今日の修行の終了を宣言したが、僕は地面に這いつくばったまま返事もできなかった。
クロは余裕で鼻歌を歌いながら修行の後片付けをしている。
「どうした、マンジ? ベッドで寝ないと疲れが取れないぞ?」
「う、うん、そうだけど、か、体が……」
僕は何とか返事をして、フラフラしながら立ち上がった。
「やれやれ、情けないのう」
クロはそんな僕に呆れてため息をつき、召喚魔法の時間が切れると消えていった。
クロの修行を始めて、すでに1ヶ月が経った。
でも、僕は修行の成果が出ているのか全くわからなかった。
夜の消灯前の2時間の自習時間、クロを幻獣召喚で呼んで、毎日みっちりとやった。
そして、週に一度の休みの日も例の竹林の中の神社でクロの修行は欠かさずやっている。
祖父の魔導書も読み漁り、幻獣召喚について勉強した。
当然ながら、講義では起きているのが精一杯で、実技講習では付いていくのがやっとだった。
学校の通常のカリキュラムを取り組むだけでも大変だったが、空き時間は講義の予習復習をした。
こんな生活のため、体はボロボロで毎晩気絶したように眠った。
次の週末は1か月ぶりにクロの修行は休みで、実家に戻ってのんびりと祖母の手伝いをした。
息抜きに小説でも読もうと、近所にある魔導図書館へと歩いていくと、意外な相手と貸し出し受付でバッタリと会った。
「あれ、ディアナちゃん?」
僕は愛想よく、同じ学校の魔法科の優等生に声をかけた。
規則でいつもの制服を着用しているので魔法科のトンガリ帽子、くせ毛の銀色の髪と分厚いメガネ姿は同じだ。
「え、え!? マ、マンジさん? ど、どうして……」
ディアナは、僕がいたことで顔を赤くして混乱してしまったようだ。
相変わらず、シャイな女の子だと思う。
「どうしてって、僕は読書が趣味なんだ。ディアナちゃんも本が好きなの?」
「は、はい! で、でも、今日は先生からお使いを頼まれて……」
「先生?」
「あ、はい。大叔母の元お弟子さんが近所に住んでまして、休みの日はいつもお世話になっています」
「へえ、そうなんだ」
僕はディアナと一緒に貸し出し受付に並んだ。
ディアナが予約者名を告げると、驚きの声を上げてしまった。
「って、え!? まさか、あの『奇才』アガサ・ミサ先生!?」
ディアナは驚く僕を見て不思議そうに顔を傾げている。
「あれ、ご存知なのですか?」
「ご、ご存知も何も、今この国で最高の大作家だよ! それに、僕はこの人の大ファンなんだ! ちょうど最新作を借りようと!」
「え、そ、そうなのですか? ……あの、も、もしよかったら、い、一緒に会いに来てもいい、かなと思います」
「本当に!? ありがとう、ぜひ行きたいよ!」
「ふぇっ!?」
「あ! ご、ごめん」
僕は嬉しさのあまりディアナの手を両手で握りしめてしまった。
ディアナが顔を真っ赤にしてあわあわしてしまったので、僕は思わず手を離した。
「い、いえ、だ、大丈夫です」
ディアナは左右の手足を同時に出して、ぎこちなく外に歩いて行った。
相変わらず不思議な子だなと笑ってしまった。
ディアナは出入り口から出てきた僕を振り返るとはにかんで笑った。
「あ、マンジさん、今日は元気そうですね?」
「ん? そういえば、そうだね。久しぶりにのんびりしたからかな?」
僕は体が軽いことに気づいて体を動かしてみた。
何だか、体の底から力が湧いてくる気がする。
「あ、いえ、そういうわけじゃなくて。あの、ずっと、元気がなかったようで、サヨさんとタツマさんも心配してました。もしかして、い、いじめられてるかもって……」
ディアナは気まずそうに口ごもってしまった。
そういえば、入学してからタツマたちとはまともに話をしていなかった。
クロの修行で疲れ果ててぐったりしていたし、それ以外でもバタバタとしていたし。
学校では、相変わらずタケチたちに嫌がらせをされていたが最近は気にもしていなかった。
入学してから一人で過ごすことが多かったので、ディアナに言われてようやくみんなに心配をかけていたことに気が付いた。
僕は、自分を心配してくれる友人たちがちゃんといることに嬉しくなって、笑顔がこぼれた。
「心配してくれて、ありがとう、ディアナちゃん!」
「そ、そんな。わ、私はただ、サヨさんとタツマさんに言われてやっと気が付いただけで」
「そっか。後で二人にもお礼を言っておかないとなぁ」
「けっ! こんなとこでイチャついて青春しやがって。ムカつくなあ!」
うげ、この声は……
僕は怒気の含んだ声のする方を恐る恐る振り向いた。
そこにはタケチの取り巻きの……誰だっけ?
「え、えっと? ど、どうして、こんな……」
「ああ? オレ様が本を読みに来たら悪いかよ!」
「べ、別にそんなことは……」
「グダグダぬかしやがって! マンジのくせに生意気だぞ!」
タケチの取り巻きは大ぶりで殴りかかってきたので反射的に避けてしまった。
あれ?
体が勝手に動いた?
「な、何するんだよ? 危ないじゃないか?」
「よくも避けやがったな! リア充だからって調子に乗ってんのか! そんなブス連れやがって!」
「ブ、何だと!? ディアナちゃんに失礼だぞ! 謝れ!」
僕は大切な友達をバカにされて、生まれて初めて本気で怒った。
タケチの取り巻きは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているが、僕も自分で驚いてしまった。
だが、タケチの取り巻きはすぐに顔を真っ赤にして殴りかかってきた。
「もう許さねえ!」
「うわぁ!」
タケチの取り巻きが殴ろうとした瞬間、僕は反射的に動いていた。
僕の拳がアゴ先にカウンターで決まり、タケチの取り巻きは前のめりに崩れ落ちた。
そのまま白目をむいて動かなかった。
僕は何が起こったのかわからずに呆然と立ち尽くしていた。
これは……?
「だ、大丈夫ですか、マンジさん!?」
「う、うん、だ、大丈夫だよ、ディアナちゃん」
「そ、その、あ、ありがとうございます。わ、私は……」
ディアナは赤い顔をしてもじもじしている。
「……ごめん、ディアナちゃん。僕、すぐに家に帰らなきゃ。せっかく誘ってくれたのに」
「い、いえ! いいんです、その、また今度でも」
「うん、ありがとう! また後で学校で会おう!」
僕はディアナの返事も待たずに急いで家に帰った。
家の玄関を開けると、そのまま裏庭に走っていった。
「クロ! 一体何がどうなってるの!?」
僕は、縁側で毛づくろいをしていたクロを見つけると、大声で話しかけた。
クロは慌てる僕を見て、嬉しそうにニィと大きく口端を上げた。
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