第27話 負けられない意地

「始めいッッ!」


 教官の合図と同時に、タケチは速攻で前蹴りを仕掛けてきた。

 タケチの性格からして、予想通りだった。


 僕は冷静に左手で受け流し、タケチの人中(鼻と口との間のくぼんだ部分)に一本拳を綺麗に決めた。


「がっ!?」


 タケチは、何が起こったのかわからないというように、驚愕の表情で尻餅をついている。

 完璧に意識を刈り取ったと思ったけど、意外にもタケチは打たれ強く、僕の攻撃力は低いようだ。


「どうしたの? もう終わり?」


 僕はタケチを挑発した。

 冷静さを失くさせれば、本来の力を出せないに決まっているからだ。

 僕はこの男にだけは絶対に負けたくないんだ!


「な、ナメ腐りよって。……ウオォォ!」 

「な、何を!?」


 タケチはいきなり自分の顔面に拳を打ち込んだ。

 突然の奇行に僕の方が冷静さを失いそうだ。


「ふん! ワレ如きのコスイ策にハマるかいな。これで頭に上った血が抜けたわい」


 タケチは鼻血をダラダラと流しているが、本来の調子に戻ったようだ。

 僕は優位に立てたと思ったが、気を引き締め直した。


 タケチはどっしりと腰を下ろして、僕の隙を伺っているようだ。

 僕もジリジリと間合いを詰め、タイミングを見計らって足払いを仕掛けた。


「もらった!」

「甘いわい!」


 タケチにあっさりと受け止められ、小さく鋭い打撃をコンビネーションのように喰らった。


「ぐぅ!?」


 タケチは更に追撃をしようと横蹴りを放ったが、僕は急いで距離を取った。

 つぅっと鼻血が垂れてきた。


 強い!

 さすがはCクラスで総合一位は伊達じゃない。

 講習で基本を習っただけなのに、部活で専門的にやっている僕よりも出来る。

 でも、だからこそ、わからなかった。


「何で、君みたいに出来る奴が、人の足を引っ張るんだ!」

「ああん? そないな事どうでもエエやんけ」

「どうでも良くない!」

「何をイキっとんのや。くだらんのぅ。……まあええわ。教えたる。ハメられたアホの面見んのが気分エエからやないんか?」

「そ、そんな事で」

「そんな事やろ? ……信じる者は、騙されるんや。早う知れて良かったやろ?」

「クッ! 君は歪んでるよ!」


 僕は仕掛けたかったが、タケチは小刻みに手を出し、僕の動きを牽制してきた。

 この男の性格同様、嫌らしく動きを制されてしまう。

 小さい攻撃だったが、少しずつダメージが蓄積された。


「偉そうな口叩いて、この程度かいな?」


 タケチの攻撃が少しずつ強くなりだした。

 僕の足が止まった動きからダメージが溜まってきていることに気づいたようだ。

 僕は防戦一方だった。


「死ねや!」


 タケチはトドメとばかりに渾身の突きを放ってきた。


 これを待っていた!


 僕はカウンターで迎撃するため、踏み込んだ。

 しかし、タケチはこの一撃を止めた。


 フェイントか!


「カウンター狙いなんぞ、バレバレや!」


 タケチの二撃目が来る瞬間、僕は更に踏み込んだ。


「うおお!」

「何やと!?」

「僕の読み勝ちだ! 零式波動拳!」


 僕はタケチと体を密着させた状態から、闘気を込めた突きを水月に放った。

 柔術部に入部してからずっと練習してきた技だ。


「があ!?」


 僕の必殺の一撃がタケチの防具を砕いた。

 タケチは血反吐を吐いて前のめりに倒れ込んだ。


 よし!

 努力は裏切らなかった。

 完璧に決まった。

 僕は勝負がついたと、ふっと気を抜いた。


「……フゥー、フゥー、まだまだじゃい!」


 タケチは血を吐きながらも立ち上がってきた。


「そ、そんな!?」


 嘘だろ?

 まだ立つなんて!

 僕はタケチのこの気迫に飲まれてしまった。


「そこまでだ! やめろ!」


 その時、ヤマウチが試合終了の宣言をした。

 これで僕は尻餅をついて座り込んだ。


「な、何ででっか、教官! ワイはまだやれまっせ!」

「バカを言うな、タケチ! これはただの試験だ。殺し合いではない!」

「そ、そないな甘い事……」


 タケチはまだやれるというようにギラついた目をしている。

 ヤマウチが何を思っているのかわからないが、静かに息を吐いた。


「……タケチ、お前の気迫はよくわかった。だが、今回はこれで終わりだ。お前たちにはまだやり合う機会がこれからもある」

「へえ、わかりました」


 とは言っているが、まだ納得してなさそうだ。

 タケチは座り込んでいる僕を睨みつけたが、何も言わずに試験会場から出て行った。


「マンジ、今回の試験はこれで終わりだ。医務室に行ってこい」

「は、はい」


 僕はタケチの執念に気圧されてしまったが、何とか立ち上がることが出来た。

 でも、負けたような気がして悔しかった。

 

 ヤマウチの言う通り、医務室へ行って治療を受けた。

 僕が医務室を出ようとした時、同時にドアが開いた。


「おう、マンジ。治療は終わったかい?」

「え!? さ、サオリさん、ど、どうして……」


 二年生のサオリが肩にタケチを担いでやって来た。

 タケチはぐったりとして意識が無いようだ。

 ま、まさか……


「何、青い顔してんのさ。死んじゃいないよ」

「よ、良かった。で、でも、どうして……」

「このバカ、あたいが寮に帰ろうとしたら道端で倒れてやがったのさ。大怪我してんのに医務室に行きたがらないからさ。マンジにやられて医務室なんかに行けるかってね。仕方ないから無理矢理連れてきたのさ」

「む、無理矢理って、気を失ってますけど……」

「そんなの面倒くさいから、絞め落としちまったよ。ワハハ!」


 豪快に笑うサオリに僕は絶句してしまった。

 め、面倒くさいからって……。


「でも、強くなったよ、マンジは。タケチのやつと互角にやりあったんだろ?」

「は、はい。でも、最後はタケチくんの気迫にやられました。最後までやってたらやられていた、と思います」

「そうかい? まあ、こいつも色々とあったからさ。絶対に負けられない意地ってやつだろうさね。昔はマンジみたいに素直でいいヤツだったんだけどね。ひどい女に騙されて留年してグレて……あ、こういう話は他人のあたいが言うことじゃないね」

「でも、僕は……」

「ま、今回はこれでいいじゃないかい? もっと強くなって、次はきっちり勝てばいいさ」

「は、はい! ありがとうございます、サオリ先輩!」


 僕は医務室を出ていった。

 もっと強くなって、今度こそライバルに勝ってやる。

 また一つやるべき目標ができた。

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