第二章 赤と青の少女(4)

 赤と青の少女は、しばらくの間、ラスタスの去った方角を見つめていた。

 真っ更だった青の空の一部が濁り、ゆっくりと白い筋の雲が流れ始めたころ、

 押し黙っていたふたりは、ようやく会話を始めた。


 最初に切り出したのはシアンだった。

「ねえ、マゼンタ」

「なあに?」

「また、ここに来るかな、ラスタス」

「うん、また来るよ、きっと」

 きっぱりと言い切るマゼンタ。まるで未来を見てきたかのように。

「じゃあマゼンタ、次にいつ来るかわかる?」

 マゼンタはしばらく目を閉じる。やがてぱちり、と目を開け、

「遅くても…、七日後。うん、七日後」

「一週間後か、もうすぐだね」


 白い雲は更に伸び、シーツのように天を覆い始めた。


「ねえマゼンタ、今度ラスタスが来たら、あそこへ連れていかない?」

「いいね、行こう」

「久しぶりにね!」

「うん、楽しみだね!」



 一方のラスタスは、重い気持ちを引きずったまま軍に戻っていた。

 まずは、双子の出現を予言していたセイファートに報告すべきだろう。しかし、シスターやあの幼気いたいけな双子のことを考えると躊躇われる。また彼とは胸襟を開いて話し合うほどの仲でもない。

 かといって、いつまでも独りで抱え込むわけにもいかない。どうすればよいか…


 その夜、いつものラウンジで、ラスタスとゼアは語り合っていた。ラスタスは中立地帯フィールドでシアンとマゼンタに出会ったことを打ち明けたのだ。

「その赤い髪と青い髪の子、セイファートが予言していた双子なの?」

「まだ確定じゃないの、あくまでも推測だから」

 ラスタスは、言葉を選ぶ。そう、まだ決めつける段階じゃない。

「慎重にいきたいの。一般人の女の子は巻き込みたくないし…。どうしたらいいと思う?」

「そりゃ、セイファートに言えばいいんじゃないか?」

「でも…」

 ラスタスは口ごもる。セイファートに言いたくないから相談したのに。

 しかも、ゼアの言葉がややそっけなく感じた。おそらく、先日のことをまだ気にしているのだろう。ラスタスは、どことなく苛立つのを感じた。

「セイファートじゃなくて、ゼアの意見が聞きたいの!」

「そんなこと言われても…」

 ゼアは困ったような顔をした。

「俺としては何も言えないよ」

 言い切ると、一気にコーヒーを呷る。

「予言をしたのがセイファートなら、セイファートに言うのが筋だろう?」

「…」

 やおらラスタスは立ち上がる。

「ラスタス?」

「ごめん、もういい!」

  くるりとゼアに背を向けるラスタス。慌てて、

「待て、待て…、ラスタス!」

 ラウンジを出ようとするラスタスに、ゼアは後ろから呼び止める。

「ミランダは…」

 その言葉に反応し、ぴたりと立ち止まる。

「……」

 ラスタスの肩は、震えているようにも見えた。

  ふたりの間がしんと静まりかえる。ラウンジ全体の時が止まってしまったかのように。

「ラスタス、その…、ミランダには、会ったのか?」 

「……」

 ゼアは、ミランダと直接の面識はない。しかし、ラスタスにとって大切な友人であることは知っていた。

 ラスタスは向き直ると、再びゼアの隣に座る。両手で顔を覆い、そして…、

 …力なく首を振った。

「ラスタス…」

 その仕草がいつになくいじらしく見えて、ゼアは、ラスタスの背中に腕を回そうと、片腕を伸ばしかけた。

 しかし一瞬ためらい、腕を下ろす。どこか気恥ずかしくて。

 ふとそのとき、ラスタスはおもむろに顔を上げた。ゼアを見つめるその目は、かすかに潤んでいた。

「見つからない…」

「えっ」

中立地帯フィールドでも…、シスターの所にも、いないの。ミランダ」

 そう言うとまた、ラスタスは両手で顔を覆う。


 ふたたび、一時いっときの静寂が流れる。

 ゼアは、何と言ってよいか判らず、ただただラスタスを見つめるほかなかった。

「…ラスタス…」

 背中にかかる長い髪が小刻みに揺れているのを見て、再び、ラスタスの背中に手を回そうと、腕を伸ばす。今度こそは…。

 その瞬間、ラスタスは跳ね上がるように顔を上げた。

「わっ!」

 慌ててゼアは腕を引っ込める。

「決めた、もう一回行く!」

 宣言するように叫ぶ。

「えっ」

「もう一回、中立地帯フィールドへ、シスターの所へ行く!」

 ラスタスの表情は、先ほどとはうって変わって引き締まり、瞳の色も鮮やかに見えた。

「ラスタス?」

「うん、行ってみる、行ってみたら…、また何かわかるかも!」

「あ、ああ…そうかもね!」

 ゼアは多少面食らいながら、ラスタスに合わせるように、

「きっと次は、手がかりが得られるかもしれないよ」

「ゼアもそう思う?」

「ああ!ここで諦めたらおしまいだからね」

「うん、フィールド中回ってでも捜してみる!」

 ラスタスの声は、嬉々としていた。

「なんかね、次は見つかりそうな…、そんな気がするの」

 その言葉には説得力が感じられた。それは、優秀なマスターだけが持つ、”勘”に裏付けられたものだからかもしれない。

「大丈夫だよ、今度こそは…」

「うん! ゼア、ありがとう」

「い、いや…」

 自分は何もしていないのに。

「じゃあゼア、今日はお先に」

「うん、おやすみ」

「おやすみ!」

 ラスタスは勢いよく後ろを向く。くるりと身体に纏わりついた長い髪に目を奪われたとたん、ラスタスの姿は消えていた。



 独りで悩んだかと思うと、いつの間にか元気になっていたラスタス。

「よくわからん…」

 ゼアは心の中で苦笑する。ともかく、元気を取り戻したのはよかったけれど。

 行方を失い宙ぶらりんになった腕が、すこし寂しかった。




 宿舎へ戻る途中、ラスタスの目の前に、細い長身のマスターが現れた。

 セイファートだ。

「あ…、こんばんは」

 開口一番、セイファートは、抑揚のない声で核心を突いてきた。

「お会いになったようですね、”少女”に」

「……!」

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