第二章 青と赤の少女(1)

 ラスタスは焦っていた。 あれから一週間。ミランダの行方についての情報はまるで得られない。

 もしかしたら既に、フォーマルハウトに戻っているのかもしれない。もしくは、我が軍に潜伏している可能性もある。あまり考えたくはないが…。

 それでもいい。無事に生きていて欲しい。

 会いたい!


 ふと思い出した。

 ラスタスとミランダの双方を知る人、

 幼い頃からわたしたちを知り、見守ってくれた人。

―シスター!

 教会のシスター・フレアなら、何か知っているかもしれない!


 翌日、非番のラスタスは、朝から軍の施設を後にした。

 広大な中立地帯フィールドへと向かうために。

 森を抜け、見えてきた白亜の教会。その手前の小さな庭園に、人影を見つけた。

「…?」

 そのときふと、ラスタスの中に不思議な感覚が沸き上がってきた。

 誰か来ている。それも…? 胸騒ぎのような、それでいて懐かしいような、この感じ―

 妙な何かを胸に抱えたまま、教会の敷地内へと入った。


 庭園の中では、二人の少女が庭の手入れをしていた。 青い髪の少女は、如雨露で水遣りをしており、赤い髪の少女は、箒で庭を掃いていた。

 しかし、ラスタスの姿を認めると、ふと手を止め、その場に立ちすくんだ。

 そのときだった。ラスタスの中で、少女の心の声が聞こえてきたのは。

(軍人さん…)

(軍人さん…!)

 その声は、警戒に満ちていた。

「あ…」

 ふたりが驚くのも無理はない。突然いかめしい軍服を着た者が、神聖な教会へ入ってきたのだから。

 ラスタスは被っていた軍帽を脱ぎ、ふたりに話しかける。「驚かせてごめんなさい。私は軍人だけど、この教会のシスターはよく知ってるから安心して」

「…」 ふたりは押し黙ったまま、ラスタスを見つめる。顔は同じだが、赤と青の対照的な髪の色が強烈に印象的だ。そのふたりが並んだとき、ラスタスの記憶が蘇った。

(このふたり…!)

 青い色と、赤い色の少女。

 セイファートが言っていた…!

 ラスタスは動揺を隠し、やや背をかがめ、やさしく話しかける。

「こんにちは。シスターはいらっしゃる?」

「はい」青い髪の少女が答えた。

「あたしの名前はラスタス。…あなたたちのお名前は? 教えてもらっていいかな?」

「シアンです」青い髪の少女は言った。

「マゼンタです」赤い髪の少女は言った。

「シアン、マゼンタ。うん、覚えた! シスターは中かな?」

「はい」

 ふたりが同時に答えた。

「じゃ、ちょっとお邪魔します。お手入れの邪魔してごめんね」


「とてもいい子たちよ」

 ラスタスにお茶を出しながら、シスターは微笑んだ。

「真面目で、よく手伝ってくれるし」

「……」

 シアンとマゼンタ、少なくともシスターには好印象のようだ。いや、誰がみても真面目な双子の姉妹。

 しかし、セイファートの予知夢に現れた子だとすれば、軍人として見逃すわけにはいかない。ラスタスは思い切って訊いてみることにした。

「…ねえ、シスター」

「なあに?」

「あのシアンと、マゼンタって子、出身は?」

「それが…、判らないのよ」

 シスターの表情が曇った。

「訊いてもわからないって言うし、お父さん、お母さんの存在すら知らないっていうの。多分、幼い頃に何かあったんじゃないかと…」

「……」

 ラスタスは、しばらく押し黙っていたが、やがて思い切ったように再び切り出した。

「…シアンとマゼンタ…、あれは、本当の名前じゃない」

「えっ」

「本当の名前じゃない…」

「どういうこと? 嘘をついているってこと?」

「うん…。わたしが名前を尋ねたとき、一瞬ためらいがあった」

「本当?」

「多分間違いない。偽名、コードネームか何かじゃないかなと思うの。シアンとマゼンタって」

「すごい、よくわかるわね!」

 シスターは目を丸くした。

「一応、軍人ですから」

 ラスタスは苦笑した。このようなことに気づかざるを得ない自分の能力が、今はなんだかもどかしい。

 

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