第一章 マスター(7)

「…」

 勘ぐるような言葉に、ラスタスはついかっとなる。

「なに、わざわざ後つけて見てたの?」

「見てたんじゃなくて、見えてたの!」

 ラスタスは今すぐにでも逃げ出したい気持ちに駆られた。間違いなく、セイファートと一緒にいたところを見られている。しかし誤解だけは避けたい。

「別に…、セイファートとラウンジで話してて…」

 ”空”へ行った― とは言えなかった。

「最近の夢…、最近あたし、同じ夢を何度も見ることが多いから、相談に乗ってもらったの」

 そう、嘘は言っていない。

「相談?」

「うん」

 ゼアもラスタスも、言葉の上では平静をを装ってはいたが、互いの胸は熱くなり、妙な焦燥に駆られていた。辺りが薄暗いのがせめてもの幸いか。

「それで、どうだったの」ゼアは訪ねる。

「うん…特に…予知能力として取り上げるには弱いって。メレットちゃんに測定してもらったレーティングもEだったし」

「そうか…」

「だから…、だから何ともないの、それだけ!」

「そんなこと聞いてない!」

 何を熱くなっているのだろう。

「じゃ、もう遅いから… おやすみ!」

「おやすみ!」

 お互い、何となく気まずい雰囲気のまま、その日は別れた。


 ふと、ゼアの背後から浮き立つ声がした。

「ゼア先輩」

 短めの髪のマスターが、目をくりくりさせながら近づいてきた。その顔は暗がりの中で、いたずらっぽく笑っているように見えた。

「トレミー!」

「ラスタス先輩と何してたんですか」

 やられた。まさか後輩に見られていたとは!

「いや、別に」

「そういえば、さっきセイファート先輩も見かけましたけど…」

「何もない!」

 頑として平静を装うゼア。

「本当ですか?」

「バカ!早く寝ろ。もう消灯時間だぞ」

「はいっ!」

 トレミーは逃げるように宿舎へと走っていった。


「ぽんちゃんただいま!」

 明るい声でラスタスは挨拶する。

「ピ!」

 ぽんちゃんの丸い体がぴょこんと跳ね上がり、ラスタスの肩に乗ると、その頬に摺り寄せた。いつもの挨拶だが、今日はその羽毛がますます気持ちいい。

「あ、わかる?ちょっといいことあったんだ。待ってね、ご飯用意するから」

 ラスタスの心は浮き立っていた。

 久しぶりに― 数年ぶりに、フライング・カフェに連れて行ってもらったこと。

 そして、自分の見た夢がセイファートのそれと似ていたということ。

 もしかしたら自分にもその能力―いわゆる”予知能力”が発現したのではないか。そんな期待めいた何かが、ラスタスの心の中に広がってきたのだ。

「私の予知が当たっていたら、すごくない?」

「ピ!」

 ぽんちゃんも、にこにこしながら応える。まるでラスタスの心をそのまま表現しているかのように。 

 ベッドサイドのランプを消しても、ラスタスはなかなか寝付けないでいた。

 ふと、自ら言い出した約束を思い出す。

「ああ、メレットちゃん連れて行かなきゃ…」

 フライング・カフェに。



 その翌日。ラスタスは朝から司令棟に向かっていた。バルジに呼び出されたのだ。

 相変わらず元帥室へ入るのは緊張するが、バルジの泰然自若とした姿を見ると、少しだけ心が落ち着いた。一見豪放に見えて、実は信頼できる上官。それがマスター達を束ねる元帥・バルジである。

「ラスタス、”夢”の話はセイファートから聞かせてもらった」

「はい」

「一応参考にはさせてもらう。君の夢もセイファートと似ているところがあるからな」

「ありがとうございます」

 ラスタスの胸が熱くなった。これは信頼されている証でもある。

「うむ…、ところでラスタス」

「はい」

 バルジの表情がわずかに変わったのを、ラスタスは見逃さなかった。

「君が実行した例の作戦だが…」

 ラスタスの背筋が思わず伸びる。

「フォーマルハウトの主要マスター達の無力化、総勢三十四名。彼らの名はこちらに上がっている」

 バルジは机上にあったファイルを手に取り、一呼吸置いて続ける。

「彼らは現在、表立った活動はしていない。いやできないだろう。おそらく、能力が回復するまで訓練に励んでいるものと思われる。だからフォーマルハウトもしばらくは仕掛けてはこないはずだ」

「はい」

「だが…」

 バルジの顔色が少し曇った。

「彼ら三十四名のうち、一人だけ、行方不明になった者がいるらしいのだ」

「行方不明?」

「うむ。女性で、たぶん君と同じくらいの年だ。名前は…」バルジは手元のファイルを眺め、

「…ミランダ」

 その名を聞いたとたん、ラスタスは一瞬凍りついた。 

「元帥、いま、なんと…」

「ミランダ。知っているのか」

 ラスタスはやや目を伏せ、半ば震えるような声で、

「わたしの…友人です」

「なに」

「私が仕官学校に入る前の、幼馴染でした」

「それは…」

 バルジも言葉を失った。

「もともとは中立地帯フィールドの出身で…。フォーマルハウトへ移ったのは知っていましたが、まさかマスターに…」

「知らなかったのか、彼女がマスターになっていたことは」

「…はい。我々のように能力を持ってはいましたが、まさか…まさかマスターに…」

 昔の友が、敵になっていた。

 いつの間にか、自ら制裁を加えていた。そして今は、行方も知れず。

 ラスタスは、自らの心臓がきゅっと締め付けられるのを感じた。

 目頭が熱くなっていた。 

 黙り込むラスタスを見て、バルジは優しく声をかける。

「それは…辛いだろう」

「…」

 ラスタスは言葉も出ず、ただただ、力なく頷くしかなかった。

「何も言わなくていい…。ただ、聞きたまえ」

「はい…」

 フォーマルハウトの主要マスター三十三名については、動きが無い限り、協定上こちらからかも手は出さない。問題は残りの一名…、つまり、ミランダだ」

「…」

「ミランダの動向については注視しなくてはならないだろう。万が一、我が国の軍に入り込む可能性もある。そのときは…、わかるな、ラスタス」

「……はい…」

 返した声は思いのほか、か細かった。しかしラスタスは、心を引き締めて答える。

「…見つけ次第、確保いたします」

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