薬十夜

ささやか

夜 序

 ガンファイト・ゲームという「遊び」がある。名前の通り拳銃を持った人間が殺し合う様子を好事家が観戦する優雅で高尚なお遊びだ。

 私はガンファイト・ゲームを観戦したこともなければ出場したこともないが、どのようなものかは聞いている。世話係であるチャカがファイターだったのだ。両親を失ったチャカは唯一の肉親である妹を苦界から救うため、まさしく必死に戦っていたのだが、あるゲームで右半身がぐちゃぐちゃになり引退を余儀なくされた。そのせいでチャカの右腕と右足は電子義肢だ。

 硬質なノックの後、チャカが潰れた安ホテルを改装した私の部屋に入ってくる。ノックをしてほしいと頼んだのは私だが、本当にノックをしてくれる世話係は珍しい。確かチャカで二人目のはずだ。

 チャカは人気のチーズケーキがどうのとか喋りながら、私の体温や脈拍を測る。私はされるがままだ。

 面白い夢のため世話係にリクエストすればある程度の物は手に入れることができるし、インターネットの閲覧は許されている。私は今度そのチーズケーキを持ってくるようチャカに頼んだ。

 だが一番欲しいものは。

 チャカが鞄から注射器と小瓶を取り出す。己を落ち着けようと私は唇をちらと舐めた。

「今日は新しいヤク、らしい」

「いいやつだといいけど」

 己の口から出る言葉は薬への期待に浮ついている。媚びている。そうわかっていても最早嫌悪感すらわかなかった。チャカと同じ、いやそれよりも深く私は堕ちている。薬漬けの眠り姫だと飼主が以前あざわらった。その通りだと思う。薬でトリップして夢をみて、その夢は脳に埋め込まれたチップに保存される。そうしてできた「作品」が好事家に鑑賞されるのだ。幸いにして私の夢は好事家に好評らしく、そのおかげでこうしてまだ生きていられる。

 チャカが私の注射痕だらけの右前腕に新薬を注入する。脊髄が泡立つような感覚が走る。笑っていた。いつの間にか笑みを形作っていた。冷たいが金魚は遥々しき形相でエンコードしていた。ふふ。と笑声が漏れる。皮膚の海面がさざめく。視界が星屑できらめく。そうして脳髄の奥の奥がとろけていき。私は失う。過去と未来がい交ぜになって零れ落ちていく。その甘露を卑しく舐めとって激烈な快楽になっていく。私が快楽になっていく。堕ちていく。いつか底にある死へと衝突するまで。

「おやすみ、よい夢を」

 チャカのやわらかな声が微かに耳に残った。

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