皇女オーレリアの説教――貴方にエールを――・1-4

「私はその子を元気づけたかった。けれど私の声は人生訓の実感を伴わず、つまりただ寄り添うしかない――彼女の表情を晴らす何かは成せなかった。


 私に何が成せるのか。


 それに解決を見出そうとした一連の中で、私はジュミルミナの在り方というものに気付きました。なぜ七歳の少女に説教を執らせようとしたのかに気付いたのです。


 七歳の私は説教を執り行うために、色々な人のお話を聞きました。けれどお話の真髄とするところに合点を抱かなければ、実感は伴わず話に出したことは何の説得力も帯びないのです。結論を言えば、それは目の前の現実に対して言えば、まったくの徒労でした。どうやら助言となる先人の知恵あれど、基本、人生とは自分で切り開くしかないもののようで。成果といえば、周りを掘りつくし、浮き彫りになったそれを見つけられたくらいでした。


 理解を得るには時期が早い、ならば自分の経験で話すしかない。しかし、いったい何の経験を……?


 さて、話の流れからいえば、それを見つけて、初めて登った説教の台でそれを語るという筋書きが順当ではありますが――私は何も思い付けなかった。


 そして、それこそが答えなのだろうと、私は知りました。


 ジュミルミナのできること――。


 だから、初めての登壇の席で、私は――頑張る人らが私の瞳にどう映っているのかということを、エールを込めて話しました」



 一拍の間を置いた彼女の、オーレリアが真っ直ぐ立つさまに、そのとき、拝聴者たちは鮮明な象徴ジュミルミナを見た。



「自身がすでにそれを成すことを知らぬまま成し得ようとする者たちよ、真実の鏡を通して自身を鑑みなさい。真実の鏡とは自身の中にしかない本当の答え、我が身可愛さやお為ごかしの息でいとも簡単に霞む、曇りがちな鏡面です。


 しかし嘘偽り無く磨かれたその鏡に映った姿に、満たされた労があったのなら。


 自身がすでにそれを成すことを知らぬまま成し得ようとする者たちよ、安心なさい、貴方あなたはいつか、『何かを成す者とは、自身がすでにそれを成すことを知る者』という教唆の意味を見つけるだろう。道中で、あるいは目指した場所に辿り着いた後で。


 花火は空に火の花を咲かせて、笛の音は吹き手がどうあろうと音を奏でる。

 そこに妥協は無い。


 私の目から見て映った貴方の姿を鏡に見たのなら、大丈夫、そこに映った自分の手を取って励ましなさい。


 何かを成す者とは、自身がすでにそれを成すことを知る者。

 その教唆の意味を未だ知り得ない私の目にも確かに映る貴方の姿。安堵を抱くほど嘘偽り無い道を歩いている真実の貴方あなたが見える。


 空を見上げてそれが花火だと知るように、ただ教唆の意味も知らぬまま、確かにその道を歩く貴方の姿が。


 雲っていたのなら努力しなさい。

 磨き抜かれた映し鏡を見たのなら、大丈夫だと声をかけて、手を取りなさい」



 し……ん、と静まり返った大聖堂。


 ただの静謐とは違う、水を打ったような静けさが張っていた。


 その中、リプカは戦慄してオーレリアを見上げていた。


(その説教を……、七つの歳で……?)



「私は説教の台に上がることが恐ろしくなかった、失敗を恐れていなかったから。その心境もまた『何かを成す者とは、自身がすでにそれを成すことを知る者』という教唆の意味とは異なるのだろうと考えながら、しかし、恐れるところなくそこに立ち、皆を見ました。


 自分の中身を知ったわけでもない。けれど、そんな私でも不安を払い退けて立つことはできるのです。


 精一杯頑張る、彼女の真実の姿が、あまりに誉れ高かったから。


 そして私は今も、恐れずここに立っている。


 それは、精一杯頑張るあなた方が誉れ高いから。そう、あなた――いま、気付いたあなたのこと――」



 オーレリアは微笑んで、皆を見渡した。



「私はジュミルミナ、幼き星の象徴たる光。

 照らせるものがあるとすれば、私の見ているものくらい……。


 けれど、小さな光が照らしたその率直を語ること――それがジュミルミナの使命だと気付いた。


 見えたと信じた枯れすすきの幽霊は、箱にしまって。

 幼さも言い訳にせず、出どころの分からない意が理解を埋めた曖昧な輪郭は、決して口に出さない。


 私はそれを努める。


 大層なことも言います、ジュミルミナですから」



 不適と言うより、使命に凛と向き合う立ち姿があって、人々は不思議とそこに、九つの歳の子に相応しい顔立ちを見た――。



「私の初登壇にぜひ来てくださいねとお誘いしたその友達とは、その後、気持ちの良い笑顔で笑い合いました。そして多くお話しした。


 そのときになってようやっと――『友の為ならば』、私は教唆の示すところである、その片鱗を見ました。――――このお話はここでお終い。


 さて、しかし説教として評価するなら、大衆に向けたはずのそれは少しばかり範囲が限定されたお話であり、その点は要改善箇所です。


 なので、今現在の私から、その続きを――集まってくださった皆様へ、一つ」



 遠くにも届く、響き渡る声でオーレリアはその説教をった。



「胸を張りなさい人の子よ。


 そしてそれを妨げようとするを退け、数多の人の隣人となるよう努めなさい。


 それは必然である――。神をも謀ろうという大嘘が、人から胸を張るという誉れの権利を奪い去ろうとするだろう。そのとき――貴方は、隣にある人の隣人となりなさい。


 説教でよく聞く一節です。


 れすなわち個人の景色ではなく世界の在り方という話、つまり『何かを成す者』とは個人の見る独白の世界にスポットした教唆ですが、これは、そのような人たちを尊重し助ける世界でありましょうねという、世の在り方を願ったお話ですね。


 さてこの意味はと続くところですが、それをもってしても時に、人に示唆を与えるはずの説教に難解を覚えることもあるでしょう。

 私もその全てを理解しているわけではありません。


 しかし何が尊いのか知ることは難しくない。そしてそれが知れれば、本当は十分なのです。つまり、何かができるという意味に繋がることが肝要であるのだから。


 今の私から、あのときの説教に添えることがあるとすれば、一言、伝えたい。



 今まさに真実の姿で胸を張ろうと者があれば、行って、励ましなさい。



 ――何かを成すことを未だ知らぬ幼子。あのとき声をかけたことは、私と彼女にとっての、確かな意味に繋がりましたよ。


 主義というものを分かり合うことは難しい。

 しかし手を取り合う必要はない、そう、ただ、人というものを思えば――。


 皆それぞれ確かに信じた気高さを持つものです、しかし時として神をも謀る大嘘の息で、真実が覆い隠されることもあるでしょう。けれど、抱いた真実が痛むほどに磨く必要はない、声をかける程度の、曇りをそっと拭うような行動があれば、やがて真実を迷わせる大嘘はすごすごと地の奥へ身を引いてゆくのでしょう。人間の思い、熱を宿すその確かな強さはきっと、貴方たち自身が知っております。


 まだ幼いこの目から見た清濁の世界が、そう輝くようにと、祈っている。



 ――皆様ご清聴ありがとう!

 本日の説教は私、オーレリア・アイリーン・ジュミルミナが執らせていただきました。


 お忙しい中、【エレアニカの教え】、シィライトミア領域の大聖堂に足を運んでくださったことに感謝致します。お忘れ物やお怪我などないよう、お気をつけて、お席をお立ちくださいますように……!」




 ――――夕立も驚き逃げ出すような、感銘の雨音あまおとが降り注いだ。



 満ちて登り、天上に反響して降る万雷に手を振って、オーレリアは一つお辞儀すると、壇上から退しりぞいた。それからも拍手はいくばかの時間鳴り続けて彼女を讃えた。


 そんな中、リプカは感謝と、感嘆と、痺れるような畏敬を抱きながら立ち尽くし、小さく口を開きながら誰よりも長く拍手を送っていた。


 言葉もないとは強い困惑や呆れから言うべき言葉だが、まさにリプカはそのようにして、尊敬を浮かべていたのだった。


「オーレリア、ヒーロー……! ねー、アンも見習ったほうがいいよ……」

「オメーもな、クソガキ」

「う、ぅー……っ!」


 ワチャワチャやっている隣で、改めて世の中にはすごい人がいるものだと、胸に手を当てて感嘆の息をついたリプカであった。


 ――そうして手を当てた胸内には、オーレリアがくれた不思議な温熱が満ちていた。


 開けた視界に前向きな景色を見せる、人がくれた温度、安堵と希望の熱の意が。



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