第百五十六話:皇女オーレリアの説教――常識変革における、柔軟《理性証明》と圧倒《存在証明》――・1-1

 その後も三度ほど、団体だったり単独だったりから、一行は「ご一緒しませんか」の誘い文句をいただいた。


 今回三度の機会は全て同性からの声かけで、リプカ、オーレリアと各々、そしてアンにも一度、熱心なお誘いがあった。


 意外なことにアンは、「ごめんなさいね、お嬢さん」と、相手の夢を壊さない真摯な微笑み、淑女の態度でそれに応じた。


「――素敵な対応でしたね。意外な一面です」

「だって、あの手の誘いに適当な態度取ってると、自分がナンパするとき、そういうのが返ってきそうじゃないですか」

「な、なるほど……」


 深いんだかなんだか分からない心構えの話に、リプカはとりあえず、頷いていた。


「アン、なんだかやっぱり……大人っぽいな……」

「なんじゃそりゃ。ガキも世間に身を置きながら飯食って寝てりゃ、そのうち大人になってるもんですよ」

「そう……なのかなぁ……?」

「サキュラ様は、きっと素敵なお嬢様になりまして」


 そんな雑談をしながら歩くうちに、どうやら、ナンパが最も盛んなエリアは抜けたらしく、一行は少しだけ気を楽にできた。


 歓楽街を歩くのは、それだけで楽しかった。

 昼頃に近づくにつれて人通りも増えて、個性の輪郭、主張の鮮明な、若い年頃の者がたくさん見られるようになって、ますます楽しくなる。


「今日は――というより今日も、祝日というわけでは、ないですよね?」


 若い年頃といっても、二十代の前半、大人として精力の盛りである者もけっこう見られた。

 水上スキーを楽しんだあの場所から変わらずそのようであったので気になったそのことを問うと、アンが愉快気な声を上げた。


「アリアメルの民は、休暇の尊守そんしゅにつきましては、本当にシビアですよぉ」


 尊守そんしゅなんて言葉は存在しなかったけれど、アンはあえてその言葉を選んで表現して、ニヒルな笑みを浮かべた。


「お国柄の性質である、規律を尊ずる意識の高さは、なにもお堅い行動規制の意味合いに限らず、きちんと、個人の価値観の保障という意味合いにも及んでいます。休みは休みなんだから規律を順守しろ! ってね。融通の利かなさが、しかし、個人の価値観の城塞としても働いているわけです。アリアメルの民は、休みだったら有事が起きても『また明日ね』で済ませますよ、それがこの国の常識です」

「はー。休みが個々人で確立している……ロハスな在り方ですね、素敵です」

「ロハスて。でもまあ、自国のことながら、それは本当に、良い考え方だと思ってますね。他国を知ってしまうと、余計に。あの国を知ってしまうと……。人のための規律であるのか、技術発展のための規律であるのか――そこもアルファミーナ連合とは真逆だ。なんであれ、人のために規律はあるべきだ、そうでしょう? 見得みえのために無理な生活水準を維持するような社会体制になったら終わりですよ」

「確かにそうですね。人のための規律――」


 でも貴族社会では、そのようにはならなかったのだな――ということに気付き、リプカは表情をズンと暗くして、気落ちしてしまった。


 さておき、若さに活気づき賑わう街並みは、本当に多く刺激的な素敵に満ちていて、リプカの沈んだ心を躍らせた。


 お店構えの多彩もそうだったが、道行く若者たちの輝く特徴を見るだけでも、胸弾む高揚に気分が高まる。


 そう、時々、“新しいスタイル”を体現する者にも出会えた。


 アリアメル民の髪色は、黒、ライトブラウン、またはシィライトミア姉妹のものに近い、青みがかった色彩が多く見られたけれど、歓楽街を歩く者の中には、一風変わった、目を惹く鮮やかを備えた者があった。

 ロコの髪色と同じ、辺りから浮くように違和感のある、異様に発色の良い、日の光にも負けず輝く色である。


「ヘアカラーね。ちょっと前から流行ってるんですよね」

「ヘアカラー?」

「髪染めでして。アルファミーナ連合産の特別な染料を使用しての髪染めを指す言葉で、虹のように発色の良いカラフルが特徴のようです」


 オーレリアの解説に、リプカはそわそわと身を捩った。


「いいなぁ……。あの髪色」

「どちらでしょう? ――ああ、シルバーベージュの」

「ミルクティーベージュですね。なに、ああいうのにしたいの?」

「なんだか、自分に自信が持てそうで――」


 最初にそれを見たときは、正直戸惑いのほうがまさってしまったけれど、感性の懐が素直なリプカはすでにそれを『美しさ』として見つめていた。


 自分の、漆で塗ったような黒色の髪を触って言うと――。


「いいと思いますけど、贅沢ですね」


 アンが情感の分からない仕草をしながら、何かしらの所感を述べた。


「?」

「いえ、なんでも」

「むかし……私が、髪を染めてみたいかもってことを、オヤジとオフクロに言ったら……二人とも……絶叫してた……」

「うーむ……。確かに他人のこととなると……少しもったいない? と思うような……。勝手なものですが」

「まあ、本人の好きにすりゃいいでしょ、って手放しで言うには、まだ時代が少し早いですね。いうてアリアメルは、他と比べて、遥かにさきんじているほうでしょうけれど」

「そうでしてね。でも、ゆくゆくは大陸全土でも、アルファミーナ連合のように、それが当然である光景が来たるかもしれません。フフ、そうなれば、この血の継承を示す証明も、普遍に紛れる。いったい、どのような時代がくるのでしょう……?」


 キャスケットに隠れた髪にちょいと触れながら、オーレリアはそれを、愉快そうに言った。


 行き交いの多い人混みの中である、やがて、サキュラが歩き疲れてしまったようで、「アン、おぶってぇ……」とアンの服裾を摘まんで立ち止まってしまった。


「あ? なんで私ですか。私におぶわせるくらいなら、道行くそこらの人に声かけてお願いしてみなさい」

「コラ」

「アンはまだ私のことおぶってないから……だからおぶってほしい」

「あ゛? テメ、あんまナマ言ってるとシメるぞ」

「コラ」


 そうするうち、サキュラとアンの言い合いが始まって――ナアナアのいつの間にやら、結局アンがサキュラをおぶることになっていて、呆れ調子のアンと、満足気なサキュラ、気付けば完全に二人の世界で会話していた。



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