第百四十九話:あと三日。
分かれ目たる三日間の、初日。
その目覚めは何の変哲もなくて、特筆すべき事といえば、朝早くから扉を叩いたビビに、クインが「分かっている」と不機嫌になるまで急かされて、
とある頼み事を任せたロコも出掛けて、他三人の幼年組と顔を合わせても、「おはようございます」とそれぞれきっちり、あるいはまだ半分寝ながら、またダルさを隠そうともしない、だらしのない態度で挨拶を交わしたくらいで、特別なことなど一つも起こらなかった。
「――そのわりに、落ち着いてるじゃないですか」
「まあ……」
アンの指摘に、リプカは頬を掻いて濁した声を返した。
分かれ目の三日間と言っても。
(きっと……フランシスの考え方の影響ね)
(あの子なら、確証を得るまでは疑い続けるから……知らず、私もその考えに沿っているのかも)
「さて、今日はどうしますか?」
「ええと……」
モーニングティーをいただきながら、アンが今日の予定の話を振ると、オーレリアが手早くテーブルに、腕先の長さ四方の厚紙を広げた。
弓の背を切り抜くような形状の描き。
シィライトミア領域の地形図だった。
アンはざっとその全体図に目を走らせてから、トンと、指で一点を指し示した。
「特に考えがないのなら、ここから近いことですし、ちょっと海岸沿い方面へ移動して、ウォーターダウンというスポーツでも見に行きましょう。私、アレ好きなんですよ」
アンの提案に、リプカは思案を浮かべた。
(サキュラ様は遠出が苦手……。移動が少しで済むのなら、うってつけです。しかし、本当に、感覚で選んで良いものなのか……)
今更の迷いではあったが、想定された局面に対する理解の漠然に、二の足を踏んだ。
クインからは、なにを行動するかについては深く考えなくていい、と助言を貰っていた。その点に関する事前の指示すら、何一つなかったくらいだ。
明確なプランは一切立てていない。クインの判断でもって、そのための時間は全て削って、ステップアップを望む勉学の時間と、心と体を万全にして挑むための睡眠時間に当てられていた。
それに関することといえば、「とりあえずやってみろ」と端的に一言、言われたくらいである。
「一応、助言みたいなことを一つ」
と、悩むリプカへ声をかけたアンは、クインの手引きを知っていたわけでもないだろうに、クインと同じようなことを告げた。
「何をするかということに悩んでも、おそらく仕方ありませんよ。つーわけで――もちろん決めるのはリプカ様ですが、殿方が比較的多いのはこのあたりのスポットなんで、ぜひ、ここに行きましょう」
「…………」
「リプカ様、私もそう思います」
別の意味で悩んだリプカへ、オーレリアも意見を向けた。
「おっと、オーレリア様もそう思いますか。フフン、やはり、せっかく遊ぶのなら、殿方がいないとね」
「そこではないのでして」
もう慣れた様子でやんわりと否定して、リプカへ真っ直ぐな姿勢を向けた。
「きっと重要となるのは場所ではなく、関わり合い。彼女はそうやって物事を動かすのが得意というのもありますが、私たちができるのはそのくらい、ということもありますから。僭越ながら、一つの進言としてお聞きください。この場合、思案の深みに嵌ることこそ危険であるかもしれません」
心の
オーレリアの助言を受けて、考えの凝ったところから脱したリプカは、凪いだ心情でもう一度思案を巡らせた。
(大事なのは関係性。昼の明るさに輝く歓楽街であれば、
(彼女らが、ミスティア様から事を誘導するよう頼まれた使者である可能性には、必要以上に気を取られることはない。気になるのなら、それを見極める意味でも、とりあえずのところ今日を進めればいい。――これはクイン様からの助言の受け売りだけれど、私もそう思う)
シュリフの予見を鵜呑みにしていなかろうが、告げられた三日間を迎えたという現実には、知らず、緊迫を抱いていたのだなと気付きながら。
少しの黙考の末、リプカは決断した。
「分かりました、そうしましょう! 少し移動することになりますが、皆さま大丈夫でしょうか?」
「うん……大丈夫……」
サキュラの返答を受けて、リプカは微笑みを浮かべて、彼女の手を取った。
「では準備次第、お出かけしましょう!」
「しゃああ、漁るぞー!」
「アン様、本日ナンパ禁止です。今日は年長者が私一人なので、本当にお願いしますね?」
「嘘でしょ?」
「サキュラ様、具合が悪くなったら、迷わず言ってくださいね」
「リプカ、ありがと……。必ずそうするね」
「オーレリア様もよろしいでしょうか? では、そのように!」
こんな日常な感じで大丈夫なのかな、という思いがありながらも。
きっと、学ぶことばかりなのだろうな、という、確信の思いも抱いていた。
シュリフの予見した、その日まで――あと三日。
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