第百五十話:街中にあった自殺台
坂とは、一方が高く、他方が低い、傾斜している場所を表す言葉である。
そして『
そういった定義を考えるに、その、見上げても足りぬ反り立ちを表すのであれば、間違いなくその傾斜は『坂』ではなく、『崖』であった。
曰く、――『宇宙からの直滑降』。
「ダサッ」
水の立体地という幻想的な壮観が出迎える地、シィライトミア領域が構えるウォーターダウン・グラウンドの謳い文句である。
「どこを目指しているのか」というアンの言葉通り、スポーツの健全というよりも、むしろ、そこはかとない薄暗さを想像してしまいかねないキャッチワードにどれほどの集客効果があるのか謎であったし、また「絶妙にダサい」というアンの悪口の通り、確かに、その謳い文句には絶妙なイモさを感じていた。
直接、その目でウォーターダウンのフィールドを見るまでは。
「……アン様」
「なんですか?」
「あのですね――本当に垂直じゃないですか、これ」
「いや垂直じゃないですよ。斜度七十なんで、ウォーターダウンにおける最大値でもありませんし」
「斜度が七十度を超えたら、それは自由落下ですよ」
「すごーい……」と目を輝かしているサキュラの手を握りながら、リプカは呆れ調子で呟いた。
キャッチワードに連想していた垢抜けないイメージは、その存在の鮮烈を前にした瞬間に、感慨に吹き飛ばされ完全消失した。
よくもまあ、街中にこんなものを造ったものだと感心してしまう、凄まじい景観がそこにあったのだった。
わざわざ周囲に人通り用の迂回路を張り巡らせて、その中心に、幅十五メートル、高さ二十メートルほどの、『立派な自殺台』みたいな人工の絶壁がデデンとそり立っていた。男性が見れば、股間にひゅんとする感覚異常が起こること請け合いの、見るからに危険な建築物である。
スタート地点の平面地から、ガクリといきなり地面が抉れているわけではなく、最初こそ『急な坂』として傾斜が始まっていたが、一番斜度のキツい地点で傾斜七十度、水量豊かな水の流れは川の様相というよりも、もはやそれは、ほぼ滝である。
しかも、コースの途中途中には、柔らかい素材で作られた、ポール状の障害物まで立っていた。
コケたらどうするつもりなのか、想像もつかない。
「馬鹿なの……?」
アダルト組の王子らがその場にいれば、きっと誰かしらがそう口漏らしていたに違いない。実際、お馬鹿が喜びそうな壮観であった。
「…………。とりあえず、まだ時間も早いようで誰も楽しんでおられないようですし、どこかで朝食でもいただきましょうか……」
気の抜けてしまった、なんとも言い難い情感を抱きながら皆を促して、とりあえずリプカはその場からの退散を選んだのだった。
(できないとは思わないけれど)
(ここ数日せっかく必死に頑張った勉学の知識が全部吹っ飛んでしまいそうなイメージがあって……それが怖い……)
やるのなら、頭を空にしたいときに試してみよう。
そんなことを思いながら、チラリと一度だけ、そり立つ絶壁を振り返り見た。
「ちなみに、ウォーターダウンの本場である、【禁足領域】に接する水の国根源の地、ラーディクス領域で一番有名なフィールドは、高さ五十六メートル、最大傾斜は九十度です」
「だから、私の間違いでなければ、直角の角度は完全に、自由落下ですって……」
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