第百四十八話:赤錆の夢

 広大な海の夢を見た。


 そこは絵画で描かれたような情景がそのまま風景として煌めいていて、私は柔らかな砂を踏んで、二の足を打ち寄せては引く波に遊ばれながら、浜辺を歩いていた。


 けれど綺麗な光景は、絵画で描かれたような風景が次第に現実味を帯びるにつれて消えてしまった。


 代わりに、はっきりと私の目に映り始めたのは、赤錆のような浜辺、毒が混じったように気味悪く濁った海の水。


 赤錆の海岸は永遠に続いている。その先にあるものは崩れた塔であったか、死んだ大地であったか、誰かの墓であったか。


 目を凝らしてそれを認識しようとした途端、景色が崩れ始めて、赤錆の浜辺の行く先には、ただぽっかりと空いた真っ暗な断崖が現れた。


 それを目にした途端、絶望を胸に抱いた私。


 もう歩けないと涙を流す私に、しかしやがて、声をかける者があった。


 手を差し伸べてくる人。

 肩を叩いた人。

 笑いかけてくれた人。

 ただじっと見下ろして見つめてくれる人。

 叱咤の罵声を飛ばしてくる人。


 私は浅く息を繰り返しながらその者らを見つめて、そしてふと、赤錆の浜辺の行く先のほうへもう一度視線を戻し、そこにあるものを見やったのだ。


 けれど――それを確かめる前に世界そのものが暗転して、私は生ぬるい虚無の闇に包まれながら、どこかへ落ちていった。




 ◇




 ……良い夢じゃなかった。


 身を起こしながら、少女は今見た景色をゆっくりと、歪に覚醒した意識内で反芻していた。


 あれだけ希望に満ち溢れた象徴が現れたにも関わらず、その先を確認できなかったそのことが気分を落ち込ませた。


(けれど――)

(それは関係ない)


 誰から貰ったのか、満ちた意思を握るような灼熱が胸の内にあった。


 その熱に手を当てて確かめる。


(私は今、現実に希望を抱けるから)


 灼熱で悉くの淀みが飛んだ、澄み切った覚悟を抱いて、じっと虚空まえを見据えた。


 野鳥も鳴かない、まだ薄暗がりの時間のことだった。




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