閑話:幼年組《under’s》の浅い夜

「いや駄目とは言ってませんよ? 言ってませんけど、なんかやだなと、そう思った次第でして」

「本当にっ、失礼ッでしてよっ! ふ、踏み込みすぎということも、あると思いまして……!」

「いや踏み込みすぎとかじゃなく一個人の感想なのですが。イヤだな、なんか、って」

「ふぐぐ……っ!」

「オーレリア……落ち着いて……」


 幼年組のお部屋。

 お布団を三つ、川の字に敷いて、おねむの準備をする彼女たちが就寝前に交わす話の話題は、『オーレリアの性癖について』だった。


 左端に姿勢よく座るオーレリアは怒り気味に顔を顰めており、それを中央に座るサキュラが宥めている。


 右端で肘ついて寝転ぶアンは、他愛もない雑談に興じるように、その話を続けた。


「あれですか? エレアニカでは、マフィアテイストなお人が、実は隠れ人気だったりするんです?」

「そ、そんなこと――。……ないと、思いますけれど」


 否定しようとした意気が自信なさげな声に変わったところを見るに、オーレリアも、そのへんはよく分かっていないようだった。


「まあ……そうですね、エレアニアの教えが広まった地ですから。大きな力で守られて、そして、優しく微笑みかけられるというのは、エレアニカ連合において確かに、広く範囲を構えるストライクゾーンなのかもしれません。そういった憧れは、多くの人が抱いているように思いまして」

「はーん、なるほどね……」

「私は、ね……。あんなに速く動けるリプカが……ちょっと、羨ましかった……」

「そういった憧れは、少なからず私も抱きました。あれだけの力があれば。荒事ではなく、もっと他の、日常に携わる部分で活かしたい、そんな妄想を知らぬうち、思い描いていましたよ。――それにしても、強かった。そして恐ろしかった。なのに……どうしてか、怯えてはいない――。どうしてでしょうか?」

「――リプカ様の言葉。冷たくて、温かかった」


 アンからの視線でパスを受けたオーレリアは、その疑問に、そんな言葉を返した。


「恐ろしい言葉のはずだったのに――。私もこの立場ですから、これまで幾たびかの不運があり、度々、人が人に、『殺す』という残虐な言葉を向ける場面に、出会ってきましたが。――しかし、リプカ様が口にしたそれは、不思議なものだった。鬼畜の響きをもって残酷なのに、なのに――どうしてか、私たちの耳には、温かい守護の意味として届いた」

「――――……。なるほど、言われてみれば……」

「あの人の人生に、どんなことがあったのかなんて分からない。だけれど、、その真実を、あのとき理解した。それは、そう解釈せざるを得ないほどに、明確な感情が込められていたから……」

「むーぅ……。難しい……お話……」

「どんな生き方を送れば、あのように赤裸々な感情を口にできるのでしょうか? それは力の会得だけでは得られない生き方のように思うけれど……この先は、きっと、それこそ、踏み込み過ぎでしてね」

「はぁん。どんな生き方か、確かにそれは気になりますね。しかし今、それよりも気になるのは、各国の男の好みという話ですね。なるほど国によって広く構えられたストライクゾーンが存在するというのは目から鱗ですが、男性の場合のそれは、どんなもんなんでしょうか?」

「話の脈絡が繋がってないのでして……」

「繋がってますって。殿方も守られるのにときめいたりするのでしょうか? あまり、そういったイメージはありませんが……」

「そうですねぇ……。殿方が女性に抱く、美しいというイメージにはどうやら、『凛とした強さという』ファクターが多く内包されているように思われますが――。事実、エレアニカ連合で特に注目されている女性の多くは――でして――ので、やはりそのイメージは大切であるかと」

「へえ。凛とした感じか……マズったな、レクトル様と接する際は、冷静と私の可愛らしさを前面に押し出してしまった……。次逢う時は、なんとしても、凛とした姿を見せましょう」

「身内がいる前で、兄を誑かす算段を立てないでくださいまし……」

「パレミアヴァルカはどうです? 殿方はどんな女性が好みなのでしょう?」

「私……あんまり、まだ……わかんない……」

「八歳でしてものね」

「なんとなくのイメージでいいから、言ってみなさい」

「んー……『ごーじゃすな女性』……? オヤジが、オフクロはゴージャスな女性だって……言ってたから」

「そ、そうなのでしてね……」

「あと、大人の人って……そういうひとが、多いから……」

「ゴージャスね、まあ確かに、パレミアヴァルカの女性にイメージするのは、そんな感じですね」

「それは、まあ、正直分かりまして……。パレミアヴァルカから遣わされた王子様も、輝かしい活力に満ち溢れておりましたね。殿方はやっぱり、ああいった輝きのあるお人が好みなのでしょうか……? お兄様も……?」

「レクトル様の好みは、静かに寄り添い微笑みかけてくれる、クールながらも可愛らしい女の子だと思いますよ、思うに」

「それは……どうでしょう……?」

「アン、すごい自信……」

「着飾った女の子はね、心のどこかでは、今この世界において、自身で考えるに、自分こそが一番可愛らしいと、そう思っているものなんですよ」

「それは――まあ……」

「たしかに……そう……ね」


 そうして、三人、少しばかり笑い合って。


 駆け足でこそあれ、大人の階段を昇り途中な幼年組under’sは、わいやわいやと、姦しさとは違った賑やかしさで話を盛んに交わし合って。


 そうするうち、大人より随分と早い夜が更けていった。

 おねむの時間である。


 消灯は随分と早かったけれど、三人はすぐに、仄かに温かい夜の薄暗闇に沈むようにして、眠りに落ちていった。



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