第百四十七話:あと四日のお終い

 クインとビビが、近衛の指定してくれた宿に戻ってきたのは、辺り静まり返った真夜中の時間帯だった。


「まあ、なんとかなりそうだ」


 クインはすまし顔でそう報告したけれど、ビビの表情はといえば、幾分優れない、思い悩むような顔つきで、物事は全てにおいて順調とはいかず、難しさを孕んでいることを察せられた。


「何度も言うが、企画水準に到達させるためには、少なくとも理論を形にもっていかなければ――」

「ここでその話はやめろ。また明日だ」


 手書きの書類をぽふぽふ叩きながら話を向けようとしていたビビは、ため息をついて、クインとリプカにお休みを言って、割り当てられた自室へ去っていった。


「明日は私とアルファミーナのは力を貸せないし、パレミアヴァルカのが戻るのも夜になる。あるまじきことだが、今日は勉学もお休みだ。――こちらのことは任せろ。必ず結果として形にする、気にもするな」

「分かりました。――あの、クララ様のことを信じていないわけではありません、理解しておきたい、気になることとして、セラ様のほうは、どのようでしょうか……?」

「よくない。エレアニカのを遠隔の補佐という位置づけで付けておいたのは正解だったと、誰の目から見ても明らかであるほどに」


 クインは、こちらの事情については隠すことなく、実情を明かした。


「体調的に変調をきたすフェイズも過ぎようとしているようだ。それでもあくまで一人、頑ならしいけどな。本格的に無理が祟るのもそう遠くないだろうが、そこまで短くもなさそうだ。まあ選ぶのはお前だが、猶予と捉えて、お前自身が何かを見つけることに時間を使うことを進めておく」


 ――この事態は承知していたはずだったが、それでもリプカは、僅かの迷いを見せてしまった。

 情感を飲み込むようにして、リプカは頷いた。


「あとは――そちらはどうだった? 襲撃があったようだが」

「皆、無事でした。――相手方はやはり、最初からミスティア様を奪い監禁する心づもりだったようで、弁解のように口にすることも、ほとんどが戯言たわごとでした。集団の総意は計りかねますが、【妖精的基盤症状】の治療方法を明示しても、確実性を採るスタンスに変わりはないように見えました」

「ほとんどが戯言たわごと――。なにか引っかかるようなことは口にしていなかったか?」

「ええと――特には。相手方の答えの全てが、質問に対する真実本当ではなかったように見取れました」

「……詳しく思い返せ。本当に、何も、引っかかることは口にしていなかったんだな?」

「ん……。――あ、強いて上げるなら……どうして私たちが敵対者であると、そう断定していたのかという質問に対する答えが、『イグニュス連合から匿名の情報があったから』という、奇妙な出鱈目であったことくらいでしょうか」

「イグニュス連合? …………? …………――まあ……そうか」


 呟いて整理をつけると、クインはバフリと布団に身を横たえて、毛布を引き上げた。


「さて、では、話はこれくらいだ。明日に備えてきちんと眠るとするか」

「はい。おやすみなさい、クイン様」

「……おやすみ。ダンゴムシ」


 ごろんと背を向けたクインにリプカは微笑み、そして自分も身を横にして、天上を見上げた。


 明日から、自分は何を知るのだろう?


 センチメンタルだろうか、とも思うけれども、何も起こらないとも思えなかった。――新たな婚約者候補たちは、それぞれが、それだけの存在感パワーを感じさせる。


 協力してくれるだろうか? それとも、そんなことはお構いなしに話が進んでいくのだろうか?


 目を瞑る。そうするとに湧いて出た少しの不安は、この数日で王子たちから贈られた知の力が熱となって、溜まった靄が払われるように打ち消された。


(大丈夫……きっと、未来を見据えることができる――)


 胸に熱の溜まりを感じながら。


 あと四日のその日――リプカは眠りに落ちた。




 

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